わたし、おじさんを声援するわ(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「贈り物」です *** こんなものが贈りものになるのだろうかと思ってしまうほどささやかなものだが心がこもっている。こんな贈りものをもらってみたいと思う。 昭和の私小説作家、小山清の短篇「落穂拾い」。慎ましい小品だが読む者の心を穏やかにしてくれる。 小山清は「つぶやき」「ささやき」を大事にした地味な作家。実生活も派手なところはまるでなかった。 「落穂拾い」は昭和二十七年四月の「新潮」に発表された日だまりのような作。 「僕」は一人暮しの作家。といっても文芸年鑑にも登録されていないし、著作もまだ一冊もない。 毎日、人と会うことも少なく、ひっそりと世捨人のような暮しをしている。 楽しみは散歩に出て駅近くのマーケットの一隅にある小さな古本屋に寄ること。 主人は珍しく若い女性。高校を出て一人で始めた。 貧乏な「僕」は安い均一本しか買わないが、彼女と親しくなる。彼女は「僕」が小説を書いていると知っていう。「わたし、おじさんを声援するわ」。 さらに彼女は「僕」の誕生日が十月四日と知ってその日、贈りものをするという。「一読者から敬愛する作家に対してよ」。 彼女の贈りものはなんと耳かきと爪きりだった。「僕にはそれがとても気のきいた贈物に思えた」。 彼女はさらに少女雑誌の附録を見せてくれた。そこには十月四日生まれに画家のミレーがいるとあった。 この小説そのものが読者への贈りものになっている。 [レビュアー]川本三郎(評論家) 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社