毛沢東が「全人民的支持」を得て中華人民共和国を成立させることができた理由 中国人に植え付けた「ナショナリズム」の意識
共産党がナショナリズムの担い手になった理由
橋爪:中国は日本のナショナリズム、そしてウルトラ・ナショナリズムを見ています。でも中国に、天皇はいない。シンボルとして担ぎ出せる存在がない。似たようなことをやりたくてもできない。そんななかで、ナショナリズムを追求するには、「誰が中国人なのか」という問題に始まり、かなりの手続きが必要になる。 その担い手となる資格があったのは、国民党と共産党でした。国民党は、その名が示すとおり、ナショナリズムの政党です。だから本来、国民党のほうにチャンスがあったはずです。 でも共産党が勝ち残った。共産党は英語では、コミュニスト・パーティです。コミュニストは世界同時革命をめざす普遍主義(ユニバーサリズム)で、万国のプロレタリアの団結を目指します。本来ならナショナリズムを担うことはできないはずで、だから中国共産党は結党時から、ソ連の子分になった。ソ連の子分でしかないはずの中国共産党が、国民党に代わって、ナショナリズムの担い手になった。そんな器用なことが可能だったのは、毛沢東が中国共産党のトップに座ったおかげだと思います。 峯村:まさに毛沢東がマルクス主義の「中国化」を実現したということですね。 橋爪:マルクス・レーニン主義の原則によれば、中国共産党はコミンテルンの指示に従わなければならない。モスクワの子分としては、都市部で革命運動をやるように言われれば、実行しなければならない。失敗したら、つぶされる。民族統一戦線をつくるように言われれば、それにも従わなければならない。国民党と「合作」することになるが、まったく考えの違う者同士が手を結ぶのだから、現場は混乱する。 伝統中国は、周辺の国々を従える朝貢関係に慣れていた。ところがその反対に、中国共産党がモスクワにぺこぺこ頭を下げるのだから、言わば「逆朝貢」で、たいへん正しくない状態です。それでも従ったのは、さもないと国民党に負け、日本軍に負けるからです。いまはそうするしかないと判断できたのは、毛沢東が戦略家だったからです。ただ、そんな状況を永続させるつもりはなく、状況次第で、時期が来たらひっくり返してやろう。そういう見通しで忍耐していたのです。 (シリーズ続く) ※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成 【プロフィール】 橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。 峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。
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