プロボクシング・元WBA世界フライ級王者アルテム・ダラキアン「ウクライナのことを忘れないでいてください」
元WBA世界フライ級王者アルテム・ダラキアンは、ボクシングと共に母国ウクライナの平和を思い続けている。 「世界の人々がウクライナを忘れずに覚えていて欲しい。あんなに大きな国と孤独に戦うことはできないので支援もして欲しいです」
~「日本で戦える環境を作ってくれた方々に感謝します」(ダラキアン)
22戦無敗の絶対王者・ダラキアンは、1月23日のWBA世界フライ級タイトル戦(大阪・エディオンアリーナ)でユーリ阿久井政悟(=倉敷守安)に敗れた。 試合後、「(ユーリ阿久井は)ボクサーとして優れているし私より若い」と結果を受け入れ淡々と語った。そして、「我々スポーツ選手は国の名誉のためにも戦っている。戦える環境を作ってくれた人々に感謝したい」と周囲への感謝を口にしたのも印象的だった。 母国は戦時下で日々の練習もままならず、来日に関しても多大な苦労があった。ウクライナの首都キーウで暮らしているため、今回はポーランド・ワルシャワまで約18時間のバス移動をしてから空路での来日となった。 「長かったが最後のフライトは順調だった。これだけの時間と労力を払い、ただ日本に来たわけではない。必ず勝ってベルトをウクライナに持ち帰る」と語っていたが、残念ながら結果は伴わなかった。
~ビジネス面よりもハート(=心)を重視して設定した世界戦
「(戦時下という)大変な時に日本へ来て試合をしてくれるだけですごいことです」 試合を管轄するJBC(日本ボクシングコミッション)執行理事・安河内剛氏は、タイトル戦実現までの道のりについて語ってくれた。 「戦時下など非常事態の国と交流すること自体が難しい。今回の世界戦が実現したことが奇跡的です。プロモーターとしてこの試合をプロモートした帝拳プロモーションさん(以下帝拳プロ)の苦労は並大抵ではなかったはずです」 元々は昨年11月15日に予定されていたタイトル戦だったが(東京・両国)、他試合の選手が負傷したことで延期となった。選手側は調整等を含め、試合に挑むことが大変な状況だった。 「ユーリ阿久井は帝拳プロ所属ではないが、素晴らしい選手なのでチャンスを頂けた。(帝拳プロは)本当に献身的にセッティングしてくれました。そして無敗王者のファイトマネー、10人ほどのスタッフ帯同など、その負担は大変な額であったことは想像に難くありません」 「日本で試合をするのは王者側としてもリスクが高い。ウクライナから遠くない場所やドバイ等の中立地で試合を行うこともできます。しかし条件、環境等の全てを整え、日本での試合実現のために交渉することの難しさは並大抵ではありません」 「帝拳プロのメリットは大きくないはずですが、ボクシング界全体のことを考えて地方の選手にチャンスを作っていただいた。また『ウクライナ情勢を風化させないためにボクシングができること』も考えてくれたと思います。心から感謝しています」 ダラキアンが来日したのは1月13日で試合10日前とかなり早い時期となったが、「入念な調整を行いたい」という王者側のリクエストを受け入れたものだった。 「極端を言えば、日本人選手が有利な環境を与えることもできます。しかしそうではなく、『気持ち良く来日して全力ファイトをしてもらいたい』と動いてくれた。(帝拳プロは)ビジネス面の収支は度外視、競技スポーツとしてのボクシングの魅力を伝えることに注力していただいたと思います」