『おしごとそうだんセンター』「まだ世界に存在しない仕事」あったら面白い「めずらしい仕事」の物語
―― 仕事のことで悩んでいる大人もすごく多いと思います。大人たちにもぜひ本書を手に取ってほしい、と強く感じました。 仕事に関しては、子供も大人も平等というか、同じだけ悩んでいる。やったことがないから悩むし、やっているから悩む。どちらに対しても、地に足の着いた希望のようなものを何かしら提案できたらなとは思っていました。その一つが、どうやって仕事を選ぶかというところの考え方でした。仕事は、なんとなくで始めちゃってもいい。僕自身の感覚として、自分に向いてない仕事を十年も二十年もできるほど、人間って丈夫じゃないんですよね。向いていないことであれば体のほうがそれを拒否するものだし、ぶつぶつ言いながらもできている、続けられているということは、その仕事は自分にフィットする部分がある証拠でもある。そういったある意味で後ろ向きな仕事の決め方、後付けで出来上がっていく自分というものの在り方は、何にも悪いことじゃないと思うんです。 ―― ヨシタケさんご自身の、絵本作家という仕事に辿り着くまでの道のりはどのようなものでしたか? 僕は、四十歳で絵本作家としてデビューしたんです。半年だけ会社員をやったものの自分には組織で働くことは無理だとなって、フリーになり、「自分に向いているな」「ここにいると気持ちいいな」と思える今の仕事が見つかるまで、四十年かかっている。若いうちからこれだという自分の仕事を見つけて、第一線で活躍している人は光り輝いて見えるけれども、そればっかりじゃないんだよということは、僕自身がそうやってふらふらしてきたからこそ言わなければいけないと思っています。すぐに決めなくていいんだよ、決まるもんじゃないんだよ、と。それが天職かどうかはのちのち決めることであって、あらかじめ分かっているわけではない。十年くらい経ったところで、ひょっとしてこれが天職だったのかな、ぐらいが一番信用できると思うんです。 ただ、渦中はやっぱり悩むじゃないですか。その時に誰かが良い言い訳を提供してくれれば、もうちょっと自分を肯定しやすくなる。そういうものを、自分の本の中でたくさん作れたら嬉しいなと思っているんです。 ―― 仕事のみならず人生を楽しく過ごすためのロジックも、この本からたくさんもらった気がしています。 もしも人生の分岐点で一つでも選択を間違えたら……みたいな想像って、よくするじゃないですか。でも、人生って意外とそういうものではないんじゃないか。どの道を通っても、途中でうろうろしても、最終的に辿り着く場所は同じだったりするんじゃないかなと思うんです。『ぼくはいったい どこにいるんだ』(ブロンズ新社、二〇二三年)という本の中で描いた「ぼくのみらいのちず」は、そうした考えを表現したものでした。「いま、ここ」から、この先たくさん道が枝分かれしていくけれど、どこを通ってもあなたっぽいものに収斂(しゆうれん)していくから、どこ行ってもいいんだよ、と。たくさん回り道をしていいんだよ、と。今回の本で表現したかったのも、「ぼくのみらいのちず」と同じ世界観でした。それをもっともっと、自分のためにも言っていきたいんです。 ―― だから、読んでいてホッとできるんですね。 一つでも道を間違えるともうダメだとなってしまったら、失敗が怖くなるし、チャレンジができなくなるのは当然ですよね。そうではない新しい未来のイメージを、文章によってロジックで説明するだけではなく、「絵の力」も使って提案していきたい。それが僕の仕事なんじゃないかな、と思うんです。 ヨシタケシンスケ 1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。絵本、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど多岐にわたり作品を発表している。『りんごかもしれない』(MOE絵本屋さん大賞、産経児童出版文化賞美術賞)『このあと どうしちゃおう』(新風賞)『もう ぬげない』(ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞)『つまんない つまんない』(ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞に選出)。その他の著書に、絵本『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』『ぼくはいったい どこにいるんだ』『メメンとモリ』、対談集『もりあがれ! タイダーン ヨシタケシンスケ対談集』、又吉直樹氏との共著『その本は』など多数。 [文]吉田大助(ライター) 1977年、埼玉県生まれ。「小説新潮」「野性時代」「STORY BOX」「ダ・ヴィンチ」「CREA」「週刊SPA!」など、雑誌メディアを中心に、書評や作家インタビュー、対談構成等を行う。森見氏の新刊インタビューを担当したことも多数。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。 聞き手・構成=吉田大助/撮影=露木聡子 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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