役所広司主演!映画『PERFECT DAYS』ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー──「孤独」の強さと美しさを描く
第76回カンヌ国際映画祭で役所広司を最優秀男優賞へと導いた映画『PERFECT DAYS』が、12月22日(金)に公開される。東京国際映画祭のために来日中だったヴィム・ヴェンダース監督に話を聞いた。(2024年1&2月号掲載) 【写真つきの記事を読む】作品の見どころをチェック!(全9枚)
東京・渋谷のトイレ清掃員として働く平山(役所広司)の生活は、一定のリズムと日課によって成り立っている。毎朝盆栽に水をやり、カセットテープでお気に入りの音楽を聴きながら出勤。仕事が終われば銭湯へ行き、一杯だけ酒を飲み、本を読んで眠りにつく。 ヴィム・ヴェンダースがリスペクトする俳優、役所広司を主演に迎えた本作『PERFECT DAYS』で、役所は第76回カンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞した。東京国際映画祭の審査委員長を務めるため、東京に滞在中のヴェンダース監督に、物語のインスピレーションや「東京」への思いについて聞いた。 ──『PERFECT DAYS』を観て感動するのは、平山という主人公の送る日常のルーティンが実に美しく描かれていること、そしてそのルーティンが少しだけ崩れたときにまた新たな物語が始まっていくことです。こうした描写を見て、誰もが日常の貴重さを痛感させられたパンデミック下の日々を思い浮かべずにいられなかったのですが、この映画をつくるうえで、やはりパンデミックに対する思いがあったのでしょうか? ヴィム・ヴェンダース(以下、WW):まさにポスト・パンデミックの物語であり、新たな始まりへの想いを込めた映画です。そして新しい生活のお手本になるのがこの映画の主人公だと思う。多少理想化された人物ではありますが、平山の世界の見方は素敵なものです。消費文化に追われることなく、大きな木の根元にある小さな芽や木漏れ日のような、他の人々が見逃してしまう些細なものに目を留めることができる。本を一気に何十冊も買うのではなく、今必要な1冊だけを買い、読み終わったら次の1冊を買う。自分が今必要としているものだけで満足できるのです。 何より彼はとても強い人です。もちろん彼の生活にも寂しい一面はあるでしょう。でも誰からも気に留められない生活だからこそ、いろんなものに対してオープンでいられる。人は孤独とどう向き合うべきなのか。それは現代を生きる私たちが抱える大きなテーマであり、そこで孤独というものの強さと美しさを見せてくれるのが、平山という人なのです。 例えば、彼が見知らぬ人と「○✕(マルバツ)ゲーム」をするシーンがあります。あのゲームをしている相手も、きっと孤独さを抱えた人なのでしょう。でも平山がゲームの相手をしたことによって、その人は束の間ではあっても孤独を忘れ、素敵な思いができたはずです。 ──劇中には、平山以外にも個性的な人々がたくさん登場し、小さくも魅力的なドラマを繰り広げてくれますね。こうした物語や人物は、実際にそれが起こる場所から生まれてきたのでしょうか? それとも物語やキャラクターに沿った場所を見つけていったのでしょうか? WW:私の映画作りにおいて“場所”からのインプットは不可欠です。まず場所があり、そこから物語や人物が作られる。たとえば平山が暮らしているスカイツリーのふもとのアパートでは、毎朝道路掃除をする女性が登場します。この女性は、実際にあの場所で私が発見した人物がモデルになっています。それと私は今回、1日のいろんな時間帯にロケ地となる公共トイレをまわったのですが、あるトイレの近くで、いつも同じホームレスの方がいらっしゃることに気づきました。こうして田中泯さんが演じる人物が生まれたわけです。他にも、子ども用のトイレを見て迷子のエピソードを考えつくこともあった。どんなときも、実際の場所からインスピレーションが生まれてくるのです。 ──劇中では、下北沢のレコードショップ「フラッシュ・ディスク・ランチ」が登場します。この映画では、平山が毎日出勤途中に音楽を聴くアイテムとしてカセットテープが登場しますが、こうした設定も、あのレコードショップを発見したことで生まれてきたのでしょうか? WW:カセットテープの話自体は、元々脚本に組み込んでいました。平山はふだん古い型の車を運転しているので、ここで音楽を聴くならカセットテープしか使えないだろうな、と。でもその設定から生まれたいくつもの物語を僕たちはとても気に入っています。今の若い人たちが、カセットテープをデジタルメディアより温かみのあるメディアとして愛好しているのも、嬉しいことです。例えば、誰かに音楽をプレゼントしようと、カセットでミックステープをつくることにはストーリーがある。でもデジタルでプレイリストをつくるのはもっと匿名的な行為で、私はそこにストーリーを感じることができないのです。人間と人間の関係性は、カセットテープだからこそ紡いでいくことができるように思います。 調べたところ、カセットテープやアナログ機器を専門的に扱う店は東京都内に十数店舗あるということでしたが、そのなかでも下北沢のフラッシュ・ディスク・ランチはヴィンテージな雰囲気が気に入ったし、あの街のエリアの雰囲気もとてもよかった。あの下北沢という魅了的な街に平山を登場させることができて幸せです。実は、本編には使えなかったけれど、柄本時生さん演じるタカシがあの街に住んでいて、という物語も少し考えていました。 ──本作を見ると、ヴェンダース監督が1985年に制作した『東京画』(撮影は1983年)のことを思い出してしまいます。『東京画』では、もはや東京には小津映画に通じるものが何もない、という悲観的な視線を向けていたかと思いますが、『PERFECT DAYS』では東京の街を愛情を込めたまなざしで見つめているように感じました。時間を経たことで、東京の街に対する思いが変わってきたのでしょうか? WW:『東京画』は40年前も前の映画ですからね! 今あの映画を観るのは、まるで考古学の資料を見るようなものです(笑)。その後、何度も東京に通うようになりましたが、常に変容しつづけ、時代に適応しつづけるのが東京だと思います。歴史や人々の行動、消費主義の変化をもっとも見せてくれる都市ですね。 ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders) 1945年、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。71年に長編映画デビュー。『パリ、テキサス』(84)でカンヌ国際映画祭パルム・ドー ル、『ベルリン・天使の詩』(87)で同映画祭監督賞を受賞するなど、国際的映画祭での受賞多数。ニュー・ジャーマン・シネマの先駆者のひとりであり、現代ドイツを代表する映画監督であるほか、写真家としても活動。 『PERFECT DAYS』 ヴィム・ヴェンダースがリスペクトする俳優、役所広司を主演に、公共トイレ清掃員の日々を描く。第76回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。12月22日(金)公開。 ©2023 MASTER MIND Ltd. 配給:ビターズ・エンド 公式ホームページ:https://www.perfectdays-movie.jp/ 取材と文・月永理絵、写真・鈴木親、編集・横山芙美(GQ)