なぜ人は「うたう」のか…「息」という字をひもとくと見えてくる、「うた」が人類生存に不可欠だったワケ
「和歌」と聞くと、どことなく自分と縁遠い存在だと感じてしまう人もいるかもしれません。 【漫画】床上手な江戸・吉原の遊女たち…精力増強のために食べていた「意外なモノ」 しかし、和歌はミュージカルにおける歌のような存在。何度か読み、うたってみて、和歌を「体に染み込ませ」ていくと、それまで無味乾燥だと感じていた古典文学が、彩り豊かなキラキラとした世界に変わりうる……能楽師の安田登氏はそんなふうに言います。 安田氏の新著『「うた」で読む日本のすごい古典』から、そんな「和歌のマジック」、その根底にある「うたのマジック」についてご紹介していきます(第二回)。 『たった一言で世界が大転換する…「世界で活躍する能楽師」のセリフに隠された「スゴい秘密」』より続く
息とは「生き」
なぜ「うたう」ということがそれほど重要なのでしょうか。それは、大げさにいえば人類の生存そのものに関係があるからではないでしょうか。もう少し具体的にいえば「息」と関係あるからではないかと思うのです。 息は「生き」を語源とする説があります。ならば、息とはすなわち生きるということです。また、息を意味するヘブライ語の「ルアフ(ַּ)」や、あるいはギリシャ語の「プネウマ()」には「霊(スピリット)」という意味もあります。息はただの呼吸ではないのです。 しかし、この「息」という文字。よく見ると不思議な字です。 息という字の上の「自」は鼻の象形です。自分を指す時に鼻を指さすことから、もともと鼻であった「自」が自分という意味になり、新たに「鼻」の字が作られました。 不思議なのは下です。なぜ「心」がつくのでしょうか。実はもっと古い時代の文字には心がついていません。紀元前1300年頃の殷の時代の文字を見てみます。 うえにあるのは「自」=鼻で「息」と同じです。その下から線が3本出ています。これが息を表すのでしょう。これならわかります。これに「心」がつく「息」の字が生まれるのは周の時代になってからです。
3類だけが持つ「特殊能力」
なぜ心がついたのでしょう。 想像でしかありませんが、それにはふたつの理由があったのではないでしょうか。 ひとつは、「呼吸は心でコントロールができる」と気づいたこと、もうひとつは「呼吸で心をコントロールすることができる」と気づいたこと。後者の説明はここでは略し、前者についてお話ししましょう。 「呼吸は心でコントロールができる」。すなわち息を止めたり、速めたりすることができるということです。あまりに当たり前すぎていまの私たちには感動も何もありませんが、それに気づいた古代の人たちには大きな驚きだったのではないでしょうか。 「類」として呼吸をコントロールすることができるのはヒト(現生人類)、鳥類、鯨類だけだといわれています。齧歯類の中にもハダカデバネズミのように呼吸をコントロールすることができる動物はいます。しかし、類となるとこの3類だけなのだそうです。 そして、この3つの類に共通することは歌を歌うことができるということです。歌というのは、それが反復的で、そしてどのようなパターンが次に来るかが予測可能だということです。韻律を持っているということです。 * 『“狩猟”も“農耕”も“恋愛”も『歌』がカギだった…科学が明らかにした、人類の存続と『歌』の意外な関係性』(10月24日公開)へ続く
安田 登(能楽師)
