東直子の小説を、娘の東かほり監督が映画化する『とりつくしま』9月公開!小泉今日子、俵万智からコメントも
東直子の小説を映画化する『とりつくしま』が9月6日(金)より公開されることが決定。このたび、本作より予告編および、東かほり監督、原作者の東直子、本作に出演する小泉今日子、そして歌人の俵万智からのコメントが解禁となった。 【写真を見る】東直子の小説を映画化する『とりつくしま』より予告映像が到着 原作者の娘である東かほり監督が脚本、監督した本作。2007年に発行された小説「とりつくしま」は、すでに失われた人生のかけがえのない記憶がよみがえり、せつなさと温かさと哀しみ、そして少しのおかしみがにじみ出る11篇の短篇集だ。東監督は、長編デビュー作『ほとぼりメルトサウンズ』(22)が、第17回大阪アジアン映画祭、第22回ニッポン・コネクション(ドイツ)などに選出され、その後劇場公開もされ、大きな注目を浴びた監督。本作では、母が生み出した原作の11篇のなかから、「トリケラトプス」「あおいの」「レンズ」「ロージン」の4篇を紡ぎ、オリジナルストーリーを加えて映画化した。 また本作は、ENBUゼミナール「シネマプロジェクト」の第11弾作品。本プロジェクトは、社会現象にもなった上田慎一監督『カメラを止めるな!』(17)をはじめ、今泉力哉監督作『退屈な日々にさようならを』(16)、外山文治監督作『茶飲友達』(22)など刺激的な映画を世に届けてきた。本作のワークショップには応募総数399名の中から選ばれた71名のキャストが参加し、橋本紡、櫛島想史、小川未祐、磯西真喜、安宅陽子、志村魁ら23名が出演している。そして、小説で重要な役割となる“とりつくしま係”として、小説のファンである小泉が出演している。 2024年3月、新宿K’s cinemaにて行われた全5回のイベント上映では、全回満席が続出。小泉、東監督、原作の東直子のアフタートーク回は発売開始直後に即完するほど話題に。また5月には『ほとぼりメルトサウンズ』に続き、本作『とりつくしま』がニッポン・コネクション(ドイツ)のNIPPON VISIONS部門に選出。今回、満を辞しての劇場公開となる。 今回の公開決定にあわせ予告編が解禁。人生が終わってしまった人々の前に現れ、とりつく“モノ”をいっしょに決めていく“とりつくしま係”。インナージャーニーが歌う主題歌「陽だまりの夢」にあわせて、夫のお気に入りのマグカップになることにした妻、だいすきな青いジャングルジムになった男の子、孫にあげたカメラになった祖母、ピッチャーの息子を見守るため、野球の試合で使うロージンになった母の姿などが映されていくやさしい予告編に仕上がった。 また、監督、原作者、小泉、そして歌人の俵のコメントも到着。東監督は「いのちは本当に突然、うそみたいに消えてしまうことがあります。洗濯物をたたんだり、顔を洗ったり、ドラッグストアで買い物したりしている時にふと、あぁ、もうあの人は日常に存在しないんだと実感したり。思い出す瞬間って、何気なくて残酷です。原作の『とりつくしま』を読んだとき、もしかしたらモノになってそばにいるのかもしれないという救いがありました」と原作について語っている。また、「10代の私は、母に何度もひどい言葉をぶつけていました。その頃に母が書いていた物語に、今は救われているので、母親は偉大です」と母への思いを語った。 原作の東直子は「『とりつくしま』は、魂がとりついた『モノ』が主人公だけに、映像化は難しいだろうなと思っていました。でも、役者さんの繊細な表情や声に寄り添うやさしい映像に、自分でも驚くくらい自然に入り込んでいました。亡くなった人の心を想像しながら書いていた時のことをずいぶん思い出しました。ついでに、かほりが生まれてから今日までのことも、ずいぶん思い出しました。映像を通して生と死を疑似体験することで、生きることにも、死ぬことにも、少しだけ心を楽にしてくれる、そんな映画になったのではないかと思います」とコメントしている。 また、“とりつくしま係”役を務めた小泉は「たくさんの時間を費やして人は人と関わる。だからさようならもゆっくりと味わいたい。『とりつくしま』は、そういうことをとても丁寧に素敵に描かれている映画です」と本作について語った。歌人の俵は「本歌取りだ、と思った。元の歌の一部を受け継ぎながら、さらに展開を加える和歌の技法である。『とりつくしま』という原作の卓抜なアイデアを活用しつつ、映像には新しいリアルと味わいが息づいていた。とりつく側の視点をこんなふうに描くのかという驚きとともに、残された側にも踏みこんでいるところが魅力だった」と本作についてコメントした。 母の小説を娘が映画化する特別な作品ではどのような感動が生まれるのだろうか?本作の公開を楽しみに待ちたい。 ■<スタッフ、キャストコメント> ●東かほり(監督) 「いのちは本当に突然、うそみたいに消えてしまうことがあります。洗濯物をたたんだり、顔を洗ったり、ドラッグストアで買い物したりしている時にふと、あぁ、もうあの人は日常に存在しないんだと実感したり。思い出す瞬間って、何気なくて残酷です。原作の『とりつくしま』を読んだとき、もしかしたらモノになってそばにいるのかもしれないという救いがありました。 10代の私は、母に何度もひどい言葉をぶつけていました。その頃に母が書いていた物語に、いまは救われているので、母親は偉大です。とりつく“モノ”が主役のお話しを映画化するにあたり、モノ目線を考えながら横になって動かずじっとしていたら、隣の部屋で父がラジオ体操をしていて、ドアの隙間から飛び跳ねる瞬間だけ手が見えたり、頭がみえたり、絶妙に表情が見えなくてもどかしかったんです。でもなんだか見えないからこそ想像して微笑ましくもありました。きっとこういうことなんだろうなと思いながら、脚本や撮り方に活かしました。私なりのモノの眼差しや、日常のおかしみも込めています。本公開ができること、心からうれしいです。大切な人や、見守ってくれているかもしれないモノたちを想いながら観ていただけたらしあわせです。たくさんの方に届きますように」 ●東直子(原作) 「『とりつくしま』は、魂がとりついた『モノ』が主人公だけに、映像化は難しいだろうなと思っていました。でも、役者さんの繊細な表情や声に寄り添うやさしい映像に、自分でも驚くくらい自然に入り込んでいました。亡くなった人の心を想像しながら書いていた時のことをずいぶん思い出しました。ついでに、かほりが生まれてから今日までのことも、ずいぶん思い出しました。映像を通して生と死を疑似体験することで、生きることにも、死ぬことにも、少しだけ心を楽にしてくれる、そんな映画になったのではないかと思います。私はいつかこの映画を『とりつくしま』にして、未来の観客の魂に寄り添ってみたいです」 ●小泉今日子(“とりつくしま係”役) 「父親の葬儀が終わり、娘である私たち三姉妹が火葬場へ向かう黒塗りの車に乗り込むと、なぜか私の目の前に西陽を浴びて金色に光る小さな蜘蛛が糸を伝って降りてきた。幻覚?と思い、姉たちの方を見ると二人にも確かにその蜘蛛が見えているようだ。『お父さんだね』と、長姉が小さな声で呟き、妹たちは妙に納得したのだった。それから私がピンチに陥ると必ず蜘蛛が現れる。現れるだけで何をしてくれるわけでもないのだが、 30年も前に死んだ父親と未だに関わっている気分になる。たくさんの時間を費やして人は人と関わる。だからさようならもゆっくりと味わいたい。『とりつくしま』は、そういうことをとても丁寧に素敵に描かれている映画です」 ●俵万智(歌人) 「本歌取りだ、と思った。元の歌の一部を受け継ぎながら、さらに展開を加える和歌の技法である。『とりつくしま』という原作の卓抜なアイデアを活用しつつ、映像には新しいリアルと味わいが息づいていた。死を扱いながらも、温かくユーモアのある世界。とりつく側の視点をこんなふうに描くのかという驚きとともに、残された側にも踏みこんでいるところが魅力だった。見送ったばかりの父を思うとき、笑顔になれたことにも感謝している。たぶん私ではなく、母のなにかにとりついていることだろう」 文/鈴木レイヤ