『ふれる。』脚本家・岡田麿里にインタビュー。「アニメーションのおもしろいところは”共同作業”。現場によって求められる自分が違う」
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(13)、『心が叫びたがってるんだ。』(15)、『空の青さを知る人よ』(19)を手掛けた長井龍雪監督、脚本家の岡田麿里、キャラクターデザイン・総作画監督の田中将賀の3人が贈るオリジナル長編アニメーション最新作『ふれる。』(公開中)。 【写真を見る】「永瀬さんの繊細な声が、いい意味で想定外だった」映画『ふれる。』脚本家の岡田麿里が語る制作秘話 同じ島で育った幼馴染、秋(声:永瀬廉)と諒(声:坂東龍汰)と優太(声:前田拳太郎)。東京・高田馬場で共同生活を始めた3人は20歳になった現在でも親友同士。島から連れてきた不思議な生き物“ふれる”が持つテレパシーにも似た力で、趣味も性格も違う彼らを結び付けていた。お互いの身体に触れ合えば心の声が聴こえてくるという、誰にも知られていない3人だけの秘密。しかし、ある事件がきっかけとなり、“ふれる”に隠されたもう1つの力が徐々に明らかになり、彼らの友情は大きく揺れ動いていく。 “心揺さぶる”青春3部作に続く、せつなくて愛おしい奇跡の物語はどのように生まれたのか。脚本を担当した岡田麿里に本作の制作過程を語ってもらった。 ■「やりたいことは基本、みんなバラバラ(笑)」 「新しい作品を作る」と決まった際に、長井監督、岡田麿里、田中将賀の3人でやりたいことのアイデアを出していったそう。「長井監督から、男子3人がワチャワチャする物語にファンタジー要素を入れて描きたいという話があって。みなさんのやりたいことをヒアリングしたものをベースに、悩みながら作り上げていきました」と制作のきっかけを振り返る。「やりたいことは基本、みんなバラバラ(笑)。長井監督も設定の人ではないので、こういう雰囲気がやりたいとか、こういう画が観たいというタイプですね。ネタを中心に考えるなど、やり方は監督によって様々ですが、長井監督はどちらかというと空気感から入っていく感じです」と監督の作風に触れる。 言葉でのコミュニケーションが苦手な秋、体育会系の諒、コンプレックスの多い優太と、3人の個性はバラバラだが、それを結びつけている“ふれる”の存在により、キャラクター設定が定まっていったという。「“ふれる”がいるから繋がれる。私たちが最初に作ったオリジナル作品『あの花』は子どものころに仲良かった子たちが、高校生になると見た目とかの棲み分けで所属が変わってしまう。それをどう戻していくのかということを描いていたけれど、今回は発想が逆でした。元々友達になれない子たちが“ふれる”の存在によって友達になれてしまったという話はどうだろうって思って。キャラクター設定はそこから考えていきました。諒と優太は接してはいたけれど学童クラブで知り合っている子たち。多分、学校で何人ものなかにいたら、普通に友達にはならなかったタイプの子たちかなと思っています」と3人の関係性の原点を明かした。 秋、諒、優太を繋げた“ふれる”という存在は、長井監督からのオーダーであった“ファンタジー”がきっかけで浮かんだアイデアだ。「相手の感情が読めてしまう、テレパシーのようなもので繋がるのをファンタジー要素として入れたらどうだろうという話が出て。それをどうやって物語に落とそうかと考えた時に浮かんだのは、人型。人ではないけれど、3人よりもちょっと年上のお兄さん的な不思議な存在をイメージしたんです」と“ふれる”の原型を説明する。しかし、そのアイデアには長井監督からのOKは出なかったそう。 「ダメ出しが出ました(笑)。理由は人型の不思議な存在がいることで3人の物語が薄れてしまうから。私は結構気に入っていたのですが、たしかに(存在感が)ちょっと強めではあったので、そこに意識が持っていかれちゃうなと思いました。と同時に、長井監督が描きたいのはあくまでも3人の物語なんだとも気づいて。ファンタジーだけど、軸になるのは3人の物語。ファンタジー要素が3人の関係と別軸で走ってはダメなんだと思ったんです。3人がいるのは“ふれる”という存在があってこそ。3人からは離れられないファンタジーキャラクターにしなくちゃいけないと思って、動物のようなキャラクターで彼らを繋げているけれど、実は…みたいな設定を考えました」と、長井監督がやりたかったこと、テーマや“ふれる”との結びつきでの気づきを解説。 ■「あくまでも3人の物語であり、”ふれる”はそれを繋ぐもの」 アイデアが出ていく過程で「田中さんが画を同時に作ってくれていて。そのなかにハリネズミのような形のキャラクターがいて、それだったら、糸で繋がっている、針で繋がっている感じもあるなって。ファンタジー要素を担う“ふれる”のキャラクターをどう描くのかは、脚本を書くうえでとても重要なポイントだと思っていたけれど、それは前面にでてはいけない。あくまでも3人の物語であり、それを繋ぐものであることを意識するように切り替えました」と監督、脚本、作画監督&キャラクターデザインからの観点を加味したうえでの設定作りを丁寧に説明した。 秋、諒、優太に絡んでくる女子、樹里(声:白石晴香)と奈南(声:石見舞菜香)も印象的なキャラクターだ。「20歳くらいの年齢って、すごく男女差がありますよね。相手がなにを考えているのかわからない…という葛藤が描かれている物語なので、そういった意味でも『女の子の気持ちがわからない』みたいなところを描くのもおもしろいかなって」と2人の登場理由を語る。「最初は奈南のほうが強めで、樹里のほうがおとなしめの設定にしようと思っていたのですが、長井監督と田中さんが樹里が好きだ、好きだというので(笑)。樹里の設定を少し調整していきました。奈南のような自己肯定感の低い女の子って結構多いですよね。そこが優しさにつながる部分でもあるけれど、誤解を生むところでもある。人からどう見られるかどうかに関しては、女の子、特にこの年頃ってかなり敏感。それまでに得てしまっている武器ややり方を使って、一番トラブルを起こしがちな時期なのかなとも思っていて。アニメではそういうタイプのキャラってなかなか描ける機会が少ないので、かなり冒険でした」とのこと。基本的には優しくない子はいないけれど、ちょっと自己評価の低い子たちの集まりという印象があるとも指摘していた。 ファンタジー要素がありつつも、人間関係はリアルに描かれている。「出来上がった作品を観た時に感じたのは、地に足がついているパートが長いということ。長井監督は本当にこの男子3人の話にしたかったんだなと実感しました」との感想を持ったという。“ふれる”というこんなにかわいいファンタジーなキャラクターが出てくるのに、現実的でシリアスな部分が描かれているんだと強く感じたとし、「攻めている感覚を覚えました」と力を込める。 「アニメはスタッフの組み合わせで変わる」と前置きし「作家性みたいな言い方もあるけれど、監督だけとか脚本だけとか、それだけの作家性というのは絶対になくて。共同作業になってくるものだから、この座組の空気感のようなものがすごく濃くなってきたというのを強く感じました」と、冷静に作品の仕上がりから受けた印象を語り、作品を積み重ねてきたからこその色も出てきたとしみじみする場面も。「脚本を書き終えたのは3年くらい前。久しぶりに再会した感覚もあって、すごく新鮮で独特だなって思いました」と3人が生み出す物語の特長を改めて実感したようだ。 ■「想定内じゃないキャラクターになったことが本当におもしろかった」 映画のタイトルに「。」をつけたのには、どんな意味があるのだろうか。「“ふれる”はキャラクターの名前だけど、本作はなにかに触れることの物語であり、人とちゃんと接しようとする物語です。“触れる”ことが重要だから『。』で終わらせる、みたいな意味があるのかなと思っています」と丁寧に教えてくれた。 上京した3人が共同生活を始めたのは高田馬場。この地は岡田のゆかりの場所でもあるという。「長井監督は私が住んでいて、作品に使いたくないと思っているところを使いがちというジンクスがあって(笑)。ロケハンでピンとくるところがないと話していた時に、もし提案したらきっと採用するだろうなと思ったんです。なぜなら、彼が好むものが全部ある場所ということはわかっていたから。いろいろ見てダメだったら、高田馬場はどう?と提案したら、やっぱり決まりましたね。実家があるわけでもない、昔住んでいた場所というだけなので、いいかなとは思いましたが、ジンクスは生きていました」と苦笑い。3人が高校卒業と同時にではなく20歳で上京した理由については「夢がやたらめったら無尽蔵に広がっている上京ではないということですね(笑)」とキッパリ。挫折したわけでもないけれど、2年間島で暮らしてから東京に行くということでちょっと描き方が変わる気がしたとも補足した。 秋、諒、優太の声を担当した3人の印象は「人としての成立度がすごい!」だった。秋は見た目と性格にかなりのギャップがあるキャラクターだと話し、「あの性格にこの見た目ってなかなかついてこないと思うんです。そして永瀬さんの繊細な声も、いい意味で想定外なのがすごくよくて」と持論を展開していく。「あの見た目ならもっと低くて太めの声を想像するし、性格だけなら外見は弟タイプをイメージする。見た目と声と性格と、すべてがお決まりのマッチングじゃないからこそ、秋という人がここにいると思えるんです。想定内じゃないキャラクターになったことが本当におもしろかったです」とお気に入りの様子。諒は真面目さとピュアっぽさのバランスがいいとし、アニメが好きな優太役の前田の読解力の凄さにも感心したそうで、「キャラクターの魅力を、それぞれ最大限に引き出してもらえました」と太鼓判。続けて「脚本を書く時は、声優さんをあてがきするのがベストだと思っていましたが、脚本を書いた時のイメージから変わることもこんなに面白いんだ、という発見がありました!」とうれしそうに語っていた。 観る者の心を揺さぶる作品を生み出し続けている岡田にとって、制作の糧になっているのはどんなものなのだろうか。「アニメーションのおもしろいところは共同作業だということ。現場によって求められる自分が違うのが共同作業の楽しさだと思っています。自分が好きだと思っていないことを求められるのは楽しいし、よくぞわかってくださいましたというものを求められるのもやっぱりうれしい。脚本家としての自分が監督にどう見えているのかの答え合わせというのかな。自分のなにかを欲してもらえるというのは、創作意欲につながる気がしています」とのこと。付き合いの長い長井監督については「ものすごく難しい監督さんです(笑)。彼が嫌なもの、好きなものはなんとなくわかるけれど、気楽には書けない。すべて見透かされてしまう感じがするんです。長くやっているからこそ逆に気を抜けないというか、そんなところに楽しさを感じるし、心を震わされる気がします。この人たちのなかで、こんなふうにいられることの喜びというのかな。いつも初めて作品を作った時のような気分にさせてくれる座組です!」といい意味で“慣れない”チームとの作品作りでしか得られない感覚があると語った。 取材・文/タナカシノブ