オバマ氏の広島訪問への障害は? 米国務長官が初の被爆地訪問
「広島より長崎」さまざまな慎重論
それだけではない。 私自身、オバマ大統領の就任当時から被爆地訪問を希望し、個人的に米国の有識者と議論を重ねてきたが、折に触れて次のような慎重論を耳にした。 *被爆地訪問が米国の「謝罪」として日本の右派に曲解され、歴史修正主義を助長するのではないか。加えて、左派にも曲解され、反原発運動や(米国の「核の傘」の下にある)日米安保体制への反発を助長するのではないか *日本の首相がまず真珠湾(パールハーバー)なり南京なりを訪れてから被爆地訪問を行うべきではないか *米大統領が訪問すべきは被爆地ではなく、連合軍の戦争捕虜が多数連行された門司港(北九州市)ではないか *日本の軍国支配から解放された中国や韓国の一部が「日本=犠牲者」というイメージに反発し、日中・日韓間で歴史認識問題が再燃する恐れがあるのではないか *日本の降伏を決定付けたのは長崎への原爆投下。「長崎を人類が核兵器を用いた最後の場所にしよう」というメッセージの方がオバマ大統領の考えに近い。むしろ訪問すべきは長崎ではないか。歴史的にキリスト教との関わりも深く、(キリスト教徒が国民の7割を占める)米国世論の共感も得やすいのではないか *被爆地訪問によって核ボタンのハードルが上がり、米国の「核の傘」の下にある同盟国を不安にさせるのではないか *日米関係は戦後もっとも良好な状態にある。わざわざ「寝た子を起こす」必要はないのではないか などはその典型例だ。
日米双方で政治決断は下せるのか
日本では、『オバマ大統領がヒロシマに献花する日 相互献花外交が歴史和解の道をひらく』(2009年)を著した戦中派・知米派のジャーナリストである松尾文夫氏が、日本の首相の真珠湾訪問とセットにすることを提唱している。相互訪問案は私が接してきた慎重派の米国の有識者にとっても受け入れやすいようだ(08年12月に河野洋平衆議院議長が、ナンシー・ペロシ米下院議長の広島訪問への返答として、真珠湾のアリゾナ記念館を訪れ、献花している)。 私自身も、第二次世界大戦後の「独仏和解」に勝るとも劣らない日米の和解、核軍縮・不拡散へ向けた日米の結束を国際社会にアピールでき、かつ日米双方にとって訪問のハードルを下げるという点から、かねてより同様の提案をしてきた。 日米双方に慎重論があるのは理解できるが、大局的な国益や国際益を鑑みる時、まさに両国のトップのみが下せる歴史的英断だと私は思う。
--------------------------------- ■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など