気鋭のクリエイターふたりが「喪失と再生の物語」に込めた思いとは 『リルヤとナツカの純白な嘘』浅生詠&切符インタビュー
『リルヤとナツカの純白な嘘』は、7月25日に発売されたフロントウイングとブシロードゲームズが手がけたPC向けビジュアルノベル。盲目の天才画家「リルヤ」と、その助手「夏夏(なつか)」が絵画の依頼を通して、クライアントに秘められた謎を解き明かす作品だ。ミステリーとして“日常の謎”と呼ばれるジャンルを扱っているほか、ガールズラブが描かれるいわゆる“百合ゲー”として、双方のジャンルファンからも高い評価を受けている。 【画像】油絵のような表現も美しい『リルナツ』のスクリーンショット 今回は企画・シナリオを担当した浅生詠氏、キャラクターデザイン・原画をてがけた切符氏へのメールインタビューの機会を得たため、制作秘話や作品に込めた思いについて伺っている。プレイ済みの方はもちろん、本編の核心的なネタバレはないため、本作が気になっている人もぜひ読んでほしい。(SIGH) ■浅生詠氏インタビュー ――『リルヤとナツカの純白な嘘』の企画はどのようなきっかけ・着想を得てスタートされたのでしょうか。 浅生詠:別の企画がうまくまとめられなかったころ、ある好きな作品を換骨奪胎してログラインに落とし込んだらいい感じになったので、それをまず上司に見せてそこから企画書を作って……という流れだったと記憶しています。 ――現在はフロントウイング所属とのことですが、どのような経緯で入社されることになったのでしょうか。 浅生詠:約5年前、Twitter(現X)で仕事の募集をしたところ、とある方が声をかけてくださったのがきっかけです。面接代わりの食事会で、悪役令嬢が流行るという話をしたのを覚えています。その店の中華料理はとても美味しかったです。 ――フリーと会社員ではシナリオ執筆に差はありますか。 浅生詠:大きくは変わりませんでしたね。もともと自分が設定したノルマをコツコツこなすタイプだったのですが、会社員になってその傾向がますます強くなりました。環境については、最初は会社に通っていたのでかなり差があったのですが、コロナをきっかけに在宅になったので、いまはフリーと差はないです。 ――『リルヤとナツカの純白な嘘』で「絵画」をテーマにした理由を教えてください。 浅生詠:天賦の才能を発揮するのに最も必要なものを奪われた人間と、その欠落を埋める精神的に対等な相棒という関係を描きたかったので、それを一番生かせそうな題材として「絵画」を選びました。ほかには耳の聞こえない音楽家や、味覚を失った料理家、水に潜れないダイバーなどが候補にありました。 ――本作は「地の文」がほとんど存在しませんが、理由についてくわしく教えてください。 浅生詠:作品中の一番大事な要素が、夏夏がリルヤに話を聞かせるところだったので、そこを一番輝かせられるような形にしました。また、ロープライス~ミドルプライスの範囲で満足できるボリューム感を出すためにはどうしたらいいか? という自分への課題に答える意味もありました。 ――本作には選択肢も存在しませんが、こちらの意図についても聞きたいです。 浅生詠:実は最初は入れる予定だったのですが、想定したよりもメインのボリュームが多くなってしまい、泣く泣く削りました。 ――本作は画家のリルヤと助手の夏夏が登場する、いわゆる“百合ゲー”ですが、こちらは浅生さんの発案ですか。また百合作品で好きなタイトルはありますか。 浅生詠:自分の発案です。次に百合ゲーを作る機会があるかが未知数だったので、恋愛、家族愛、友情、打算、愛憎、シスターフッドなど、自分が書きたい女性同士の関係を全部書くために、全員女性にしました。別の企画のインタビューでリルヤと夏夏の関係をブロマンスの女性形であるロマンシスと表現をしたのですが、それは二人が恋愛関係にあることを誤魔化す目的ではなく、あれやらこれやらをしても恋愛関係ではない、かといって友情でもない、そんな女性二人を書きたいという強い動機があったからです。 百合作品で一番好きなタイトルは『少女革命ウテナ』です。ここ数年のアニメですと、広義の百合になりますが『リコリス・リコイル』と『ガールズバンドクライ』はかなり好きです。最近読んだ小説では、青崎有吾先生の『恋澤姉妹』が最高すぎました。 ――浅生さんが特に気に入っているキャラクターを教えてください。 浅生詠:ダブル主人公のリルヤと夏夏はとても気に入っています。クール&元気、年下&年上、高身長&低身長、理知的&感覚的と、自分の好きな凸凹バディ要素を思いっきり詰め込みました。それと面倒くさい二人を書きたかったので、夜とまひるの関係は好きですね。 ――本作はミステリー要素が強いタイトルになっていますが、“日常の謎”というジャンルに挑戦した理由を教えてください。また個人的に好きなミステリー作家や作品を教えてください。 浅生詠:「悩める依頼人の心を解放する絵画を描く」というストーリーラインが、“日常の謎”に合致したことが大きいです。“日常の謎”からは外れますが、『神の雫』のような特定の題材(『神の雫』だとワイン)を使って悩める人たちを解放する話が好きなんですね。 “日常の謎”もので好きなのは、北村薫先生の「円紫さんと私」シリーズですね。非常に思い入れがあります。作家は泡坂妻夫先生と麻耶雄嵩先生が好きです。今年に入って読んだ小説では『双蛇密室』『屍人荘の殺人』『方舟』『明治断頭台』が面白かったです。 ――シナリオを執筆するうえで特に手ごたえがあった部分や注目してほしい箇所はありますか。 浅生詠:女性同士の巨大感情を書きたかったので、そこに注目していただけるとうれしいですね。 ――また逆に苦労したことや大変だったことはありますか。 浅生詠:“日常の謎”部分です。このジャンルはとても好きなのですが、読むのと書くのでは大違いでヒィヒィ言いながら書きました。課題も多く反省する部分になりましたが、いまの自分の精いっぱいでもあります。 ――作品で語られていないものの、「実はこういうことなんです」というシナリオやキャラクターの裏話があったら教えてください。 浅生詠:実は、各章に裏テーマがあります。そのものずばりを言ってしまうのも興が削がれるかと思いますので、ヒントを出しますね。『リルナツ』を書く際に強い影響を受けた作品の一つに、『GRIS』という非常に繊細で美しいビジュアルのゲームがあります。そちらのテーマとダイレクトに重なりますので、ぜひプレイしていただくか、ゲームを紹介しているサイトを見てみてください。 ――本作は浅生さんにとって、どのようなタイトルになりましたか。 浅生詠:全年齢ということで、わかりやすい残酷なシーンはありませんが、自分が表現したい部分を殺すことなく全部出し切ることができたと感じています。ほかの作品と同じく、いまも十年後も胸を張って大事な作品だと言えるタイトルです。 ――最後にファンに向けて一言お願いします。 浅生詠:『リルヤとナツカの純白な嘘』は、ストーリー紹介にあるように「過去に痛みを抱く少女たちが、新しい未来を得て歩き出すまでの、喪失と再生の物語」です。希望についての物語でもあります。 何かを失い、動けなくなってしまったとき見える希望は、薬にも毒にもなります。踏み出したその先に何があるかはわからない。でも、それでも――と、自分の意志でふたたび歩き出せるのならば、その希望には確かな意味がある。 しかし、最初の一歩には不安がつきまといます。だから、目指す遠くを、あるいは足許を照らす光があれば良い。その光は、手の届かない遠い人間でも良いし、二次元でも良い。一枚の絵でも良いし、一篇の物語でも良いし、一つの言葉でも良い。 リルナツは、そんな風に自分が救われてきた数々の存在を思いながら書いた物語です。『リルヤとナツカの純白な嘘』よろしくお願いします。 ■切符氏インタビュー ――『リルヤとナツカの純白な嘘』のキャラクターデザイン・原画を担当された経緯について教えてください。 切符:もともと百合が好きだったので、創作の場で本を出したりと自主的に描いておりました。それがきっかけで本の装丁などでも描かせていただく機会が増え、ありがたいことにお声がけをいただき今回のご縁に繋がりました。 ――切符さんは百合作品を多く手がけられていますが、本作において最初依頼が来て企画を聞かれた際は、どう思われましたか。 切符:ノベルゲームはこれまで経験がなく、以前から挑戦してみたいジャンルでした。なのでとても前向きな気持ちで最初の打ち合わせに臨みました。実際にシナリオを読ませていただき浅生先生が描かれる美しく繊細な表現に強く心を惹かれ、この美しい世界のパズルをどう埋めていくのかドキドキしていたことを、いまでも鮮明に覚えています。 ――切符さんから見て本作のストーリーはどう思われましたか。 切符:月と太陽のような二人が互いを理解し、愛し合い、そしてお互いの翼となる。まるで童話のように幻想的でありながら、いまこの瞬間を生きる私たちにも深く響く美しい物語だと感じました。 ――切符さんが特に気に入っているキャラクターを教えてください。 切符:どのキャラクターもとても素敵ですが、個人的には羽ヶ崎姉妹が特に好きです。まだ大人ではない夢見る少女たちが持つ、未熟さと危うさ、そしてどこまでも純粋な愛情を象徴するかのように、赤色が散りばめられた双子の存在が非常に魅力的でした。 ――キャラクターデザインや原画について、ディレクターからどのように発注がありましたか。 切符:ありがたいことに、大まかな指定以外は自由に描かせていただきました。美しい世界観を表現するために試行錯誤を重ねながら、私自身もアイデアをご提案させていただいたりとても楽しく進めることができました。 ――メインキャラクター(リルヤと夏夏)のキャラクターデザインにおいて、こだわった部分を教えてください。 切符:それぞれの名前にモチーフが組み込まれているので、絵的なわかりやすさを意識しつつ、キャラ毎の趣味嗜好などの内面の部分も表現できるように心掛けておりました。リルヤは美しさと清廉さ、高貴な印象を抱いて貰えるよう、装飾や模様に百合の花を。夏夏は初夏の青空の下で咲く向日葵のような色合いと、キラキラと眩しいほどの明るい性格が表れるように動きやすいデザインにしつつ、リルヤとは対照的な印象になるようこだわりました。 ――そのほかのキャラクターデザインにおいて、「特にここを頑張った」「注目してほしい」という点を教えてください。 切符:それぞれの章に登場するモチーフやキーワードからインスパイアされています。各カップルは似た者同士であったり、時には正反対であったりと、さまざまな愛の形が互いに影響し合い、いまの姿を形作っていることを意識していますので、プレイ後にぜひもう一度キャラクターたちを見返していただければと思います。 ――本作は油絵風のイベントCGも印象的ですが、どのような仕上がりになるようにこだわりましたか。 切符:『絵』が鍵となる作品なのでそのテーマを空気感全体で表現できないかと考え、すべてのCGにそれぞれ異なる効果や演出を加えました。言葉にならない気持ちや心のゆらめきなど、キャラクターが表に見せる顔よりもさらに深い部分まで一枚の絵のなかで表現できるよう、何度も試行錯誤を重ねました。 ――キャラクターデザインや原画を描かれる際、特に苦労したことや大変だったことはありますか。 切符:塗っていただいた原画に手を加える作業は初めてだったので、とても大変でした。特に油絵風の演出などは、感覚的に行っている部分が多く自分でも説明や再現性が難しいため、限られた時間のなかでどこまで追求できるか苦労しました。その分、今後の財産となる貴重な経験を得ることができたと思っています。 ――本作は切符さんにとって、どのようなタイトルになりましたか。 切符:素晴らしい作品に携われたことを心からうれしく思います。絵について、心について、そして何より愛について。『リルヤとナツカの純白な嘘』からは、美しく優しく輝く宝石が詰まった箱を頂きました。これから先も心の中に大切にしまい、共に人生を歩んでいきたい作品です。 ――最後にファンに向けて一言お願いします。 切符:『リルヤとナツカの純白な嘘』を楽しんでいただけましたでしょうか。美しい言葉が織り成すこの作品が、リルヤの絵のように誰かの人生にとって大切な思い出になれたら、幸いです。
SIGH