『虎に翼』が伝える“自分軸”で生きる重要性 “優未”川床明日香の戦わない決断が示すもの
『虎に翼』(NHK総合)第119話では、優未(川床明日香)が本心を打ち明けた。 のどか(尾碕真花)が婚約者を連れてくる日。家に入ろうとすると、中から航一(岡田将生)と優未の声が聞こえてきた。どうやら優未の進路について話し合っているようだ。 【写真】米津玄師×伊藤沙莉の対談も 9月18日に放送される『虎に翼』SP番組 大学院へ進学し、寄生虫の研究に打ち込んでいた優未だったが、博士課程を中退すると言って聞かない。「周りから遠回しに言われてきた。この先にお前の椅子はないって」。研究者の道は厳しく、その道で飯を食えるのはほんの一握りだ。義父の航一は優未に諦めないように励ますが、優未は首を横に振る。「戦う自信がない」と胸の内を吐露した。 寄生虫の研究を嫌いになりたくないからすっぱり諦める、という優未の決断は、熟慮を重ねた末のものだろう。一方で、もったいないという航一の考えも理解できる。アカデミズムの世界には序列があり、ルールに従って待っていれば、陽の目を見る機会もあると航一は伝えたかったのかもしれない。可能性が少しでも残されているなら、ここは我慢のしどころというわけだ。 優未の言葉に納得できず、やめてどうするのかと詰め寄る航一を、寅子(伊藤沙莉)が見かねて制止する。「優未の道を閉ざそうとしないで」「どの道を、どの地獄を進むか諦めるかは優未の自由です」と寅子は言う。 それぞれの地獄を描いてきた『虎に翼』は個人の決断を尊重する。これまでの努力を無駄にしてほしくない、という航一の思いは優未を守ろうとする親心であり、悪意のないパターナリズムの発露といえる。けれども、その配慮さえ本人を束縛してしまうことがある。優未は自身が置かれた状況と自らの情熱を秤にかけた上で、ここまでと考えたのだろう。航一の心配はありがたいものではあっても、この段階ではもはや無用だった。 その上で、あえて言うなら、優未の努力が無駄にならないという反論はやや的外れだ。寅子の言いたいことはわかるが、キャリアの断絶を嘆く航一に、人生経験としてプラスになる、立派に生きている人がいる、と返すのは議論がかみ合っていない。その時は良くても、後になって、やっぱり言うとおりにしておけばよかったと思うことはある。個人の選択を尊重する態度と、その選択が合理的かは別の話である。 だからこそ寅子は優未に尋ねたのかもしれない。「地獄を進む覚悟はあるのね」と。優未に対する言葉は、法律の道を選んだ寅子にはる(石田ゆり子)が投げかけたものと重なる。のどかが言う「傷ついたとしても、やっぱり自分の一番で生きた方がいい」も同趣旨だ。そこには、自分の人生を他人に規定されるべきではない、というメッセージがあり、“自分”軸で生きることの重要性を伝えていた。 のどかについては、意に沿わない選択をしたことで、責任を引き受けて大人になる機会を逸したように見えた。姉であるのどかは優未の決断を理解できたし、誠也(松澤匠)が望む道で生きることを受け入れることができた。自己実現する人の周りには、その人を支え、応援する人がいる。誠也との結婚は、のどかに大人になるきっかけを与えたのではないか。 大人と子ども。自身の行動に責任を取るのが大人なら、その境界線はどこにあるのか。学生運動や凶悪化する事件に対応するための少年法改正が、政府の手で進められようとしていた。主眼は全件送致の見直しと厳罰化。当時、少年事件はまず全件が家裁に送られ、刑事処分相当と認められた事件が検察に逆送されるルールだった。 改正によって重大事件は家裁を飛び越えて、最初から検察で扱われる。そうなると個別の事情が考慮されず、更生の機会が奪われることになりかねない。裁判所をスルーした改正案に「少年たちのことを何も考えていない」と寅子は憤る。あるべき法の水源を守る寅子の戦いがはじまった。
石河コウヘイ