"人工血液"でどんな治療が可能になるのか? 常温で2年保存可能、血液型不問の夢の製剤!
――そのほかのメリットは? 笠原「血液型を問わないことです。血液型は簡単に言うと、赤血球を覆う膜の上にいろんな印がついているイメージ。A型とかB型とかRhプラスとかマイナスとか。血液の個人情報がその赤血球膜の上に書き込まれています。この製剤はその膜を壊して取り除き、中のヘモグロビンだけを取り出しているので、血液型に関係なく誰にでも使えるんです。 さらに、実際の医療現場では輸血する前に"クロスマッチ"といって輸血を受ける患者さんの血液を採って、輸血する血液と混ぜて何も起こらないかを事前に確認する必要があるんです。それに30分くらいかかる。一刻を争う場面でこの過程が必要なくなります」 ――この製剤の材料が保存期限の過ぎた献血血液とのことですが、廃棄するものを体に取り込んでも大丈夫なのでしょうか? 酒井「献血血液が古くなるとヘモグロビンが劣化するのではなくて、赤血球の膜が劣化するんです。ヘモグロビン自体は、数ヵ月は持ちます。ただ、ヘモグロビンはそのままでは毒性を持っているので、いかにして膜で覆って毒性をなくすかというところから研究が始まっているわけです。なので、保存期限が過ぎた血液ではありますが問題はないです」 ――ヘモグロビンを覆う膜の研究が大変だったということですね。 酒井「そうです。周りで研究されている先生や大学院生など仲間の支えでなんとかやってこられました。体に入れていい浸透圧やPh値や粘度、分子の大きさ。固まったり、沈殿したりしないか。もちろん膜自体に毒性があってもいけない。など、かなり大変でした」 ――色が赤ではなく紫に近いので、少し驚いてしまいます。 酒井「純粋なヘモグロビン溶液の色は酸素がない状態だと紫色です。さらに赤血球に比べて分子が小さいので、光散乱のため白色が混ざったような、ちょうど赤ワインと牛乳を混ぜたような紫色に見えるんです。 それが酸素と結合すると鮮やかな赤になります。そもそもヘモグロビンは先ほども述べたように、なかなか劣化しない安定したタンパク質なんですが、こうやって酸素がない状態で保存することでさらに安定して劣化しづらくなります。結果、常温で2年、冷蔵で5年という長期保存が可能になるという話につながります」 ――ちなみに常温と冷蔵で保存期間が違うのはなぜでしょう? 酒井「この差はヘモグロビンの寿命ではなく、それを覆う脂質の膜の寿命です。やはり冷蔵したほうが膜は長持ちします」