石丸幹二が円熟味を増した多彩な表情と歌声で魅了 音楽劇『ライムライト』上演中
20世紀初頭のロンドンという時代背景を象徴するかのように、舞台上ではガス灯の光がゆらめいている。その光はライムライト―電灯以前に舞台照明として用いられていた石灰灯―であり、またカルヴェロとテリーにとっては人生を照らす光でもあるだろう。人の心の温かさと人生のほろ苦さとを感じさせる、極上のヒューマン・ストーリー『ライムライト』。チャールズ・チャップリン監督・製作・脚本・主演の映画から生まれた音楽劇が開幕。初日に先立って、前日の8月2日にゲネプロが行われた。 【全ての写真】音楽劇『ライムライト』ゲネプロより(全17枚)
熟成された人間ドラマを奥深い歌声で味わう
1914年のロンドンで、かつて人気芸人だったものの今は落ちぶれてしまったカルヴェロ(石丸幹二)は同じフラットに済むテリー(朝月希和)がガス自殺を図ろうとしていたところを救い出す。彼女はバレリーナの道をめざす自分を姉が街娼をして支えてくれていたことを知り、そのショックで足を動かせなくなっていた。なんとか彼女を舞台に戻したいと心を配るカルヴェロに対して、テリーは徐々に心を開いていく。 そんな中、再起をかけた舞台での失敗に苦しむカルヴェロを目の当たりにしたテリーは、思わず立ち上がり足を踏み出す。1年後、再び踊るようになったテリーはエンパイア劇場のオーディションを突破。彼女はかつて淡い想いを抱いた青年・ネヴィルと、プリマドンナと作曲家として再会する。自分を救ってくれたカルヴェロを愛し、結婚を望むテリーに対して、カルヴェロは若いふたりが結ばれるようにと姿を消すのだが……。 2015年に初演され、2019年に再演、今回が3演目となる本作。カルヴェロを演じる主演の石丸幹二、またオルソップ夫人の保坂千寿、ボダリンクの植本純米、ポスタントの吉野圭吾、ダンサーの舞城のどかは皆3演連続での出演。それだけに、安定感のあるチームワークを感じる。細部で“今現在の彼ら”だからこその微調整も加えられていることも感じさせ、それも加味したうえで熟成された味わい深い芝居を堪能できる。 その中にフレッシュな風を吹き込むのが、テリーとネヴィルのふたり。2015年は野々すみ花と良知真次、2019年は実咲凛音と矢崎広、そして今回は朝月希和と太田基裕。それぞれに自分の持ち味を活かした演技を見せてくれる若手枠、とでも言えるだろうか。朝月・太田コンビは繊細な表現の中に芯の強さを感じさせる佇まいが魅力的。ある意味相通じる部分があるテリーとネヴィルだからこそ、カルヴェロもふたりが結ばれるべきと考えて身を引こうとすることに説得力がある。 また、同じく今回初参加のダンサー役・中川賢も、アンサンブルとして多くの役柄をこなしつつダンスシーンで本領を発揮。おおらかでしなやかな動きを見せつつ、リフトの安定感や堂々とした立ち姿も目を惹いた。 そして何より心に残るのは、円熟味を増した石丸のカルヴェロの多彩な表情だ。全盛期の舞台と、自分が人気スターであることを自覚しているが故の傲慢さと、その後の挫折による痛々しさ。長年の付き合いであるオルソップ夫人との息の合ったかけあい(実際に劇団時代からの長い付き合いであるふたりだからこその絶妙さが心憎い)や、テリーに見せる優しさとその反面の厳しさ、ネヴィルに対しても嫉妬を見せることなく彼を大切にする姿。カルヴェロは、年老いた自分が若い彼らに何をしてあげられるのかを考え、スポットライトから外れるかのようにそっと去っていこうとする。まさに人生の酸いも甘いも知った人間だからこそ、という奥深さが、ベルベットのような歌声にのせて届けられるのだ。このようにしみじみと心に染み入る感動を覚えるのは、音楽劇というあり方だからこそ。文字通り、石丸のはまり役のひとつだとあらためて実感した。