球児メシ 堀越が愛する小さな弁当店 元球児の料理は「魔法の味」
その弁当店は東京都八王子市のJR高尾駅近く、閑静な住宅街にある。メニューは揚げ物がメインで、営業時間は昼から夕方までだ。 【写真】「がむしゃら」の晩ご飯。この日の主菜は鶏もも肉の塩焼きとイカフライだ=2024年6月25日、東京都八王子市狭間町、吉村駿撮影 しかし、閉店後の午後7時半を過ぎたころ。店には明かりがともり、球児たちの元気な声が聞こえ始める。 「いただきます!」 近くの寮で暮らす堀越高校硬式野球部の晩ご飯の時間のスタートだ。 この日の主菜は、鶏もも肉の塩焼きと、揚げたてのイカフライ。レタスのサラダとバナナ付き。具だくさんのみそ汁とご飯はおかわり自由で、何度もよそう部員の姿も。 中山瑛太選手(3年)が「やっぱりマスターのメシが一番うまい」と笑顔を見せれば、小林大選手も(3年)も「ボリュームがあって最高。魔法の味です」と笑う。 マスターとは、店主の杉本興哉(ともや)さん(42)のこと。2018年からここで弁当店「がむしゃら」を営んでいる。堀越の野球部員に食事を提供し始めたのは、翌19年冬からだ。 きっかけは、野球部の元監督、小田川雅彦さんが突然、店を訪ねてきたことだ。「うちの寮生のために食事をつくってほしいんですけど……」 杉本さんは当時、店内で食事も出しており、夜はお酒も提供していた。10人を超える部員の夕食をつくるとなれば、夜の営業をする余裕はなくなり、店は貸し切りにもしないといけない。 頼んだ側の小田川さんは「色んなお店に断られていたので、ぶっちゃけダメ元でした」と振り返る。だが、杉本さんは、その場で二つ返事で引き受けた。 「青春まっただ中の高校生を応援したい。その気持ちしかありませんでした」 杉本さんは、自身も山梨県内の高校で野球をしていた。選手の体づくりには食事が大切というのは身にしみてわかっていた。得意の料理で、再び野球に関われると思うとうれしくもあった。しかも、春夏計10度の甲子園出場を誇る強豪となればなおさらだ。 今、がむしゃらでは、寮生12人の朝夕の2食をつくっている。遠征の日、選手たちは午前4時半から朝食を食べるため、午前3時から仕込みをすることもある。それでも、「苦に思ったことはない」。最近は、自分のご飯を食べて、野球を頑張る選手たちが息子のように思えてきたという。 カレーにうどん、パスタ……。選手が飽きないように、メニューは毎日替える。練習で汗を流した後の夕食は、味付けをやや濃いめに。スイカやなど季節の果物も、なるべく取り入れている。 店を始めると決めたとき、ほぼ1人で店を切り盛りする自分を奮い立たせようとの思いを店名に込めた。今では、「がむしゃらに野球に打ち込む選手を表しているみたいですね」。これからも、がむしゃらに応援し続けるつもりだ。(吉村駿)
朝日新聞社