人気シリーズ「れんげ荘物語」――――初期からのファン藤野千夜と、作者の群ようこさんが語り合う
◆「れんげ荘物語」に寄せられる大きな共感とは
――街の風景もキョウコの日常を彩る大切な要素ですね。舞台となる街にはモデルとなったところがあるのでしょうか? 群 当初イメージしていたのは下北沢でした。書き始めた頃の下北沢には若い人が楽しめるような店がある一方、昔ながらの市場や古いアパートもあってと、雑多な面白さがあったんですね。でも今は、再開発が進んですっかり変わってしまいましたからね。 藤野 シリーズが長くなると、そうした変化もありますよね。変化といえば、巻が進むに連れてイヌとネコが増えてきましたね(笑)。 群 そうなんですよ。イヌネコに逃げているなぁと思いながら書いているときがあって、ちょっと気を引き締めないといけないなと思っているんです(笑)。 藤野 今回もフレンチブルドッグの“棟梁”が仲間に加わりましたけど、新しいワンちゃんやネコちゃんが登場すると、自分が知っているイヌやネコを重ねて読んでいるので、すごく幸せになります。人間の言葉に翻訳されている部分も絶対にそう言っているだろうなと思えて、本当に楽しい。 群 動物のほうが好きなので、ついつい書き込んでしまうんですよね。人間は端折ってしまうのにね。 藤野 この『しあわせの輪』の中に、学校の先生が「どんなにイヌやネコをかわいがったとしても、死に水を取ってくれるわけじゃない」と話しているシーンがありますよね。納得する人がいる中で、キョウコさんは「気の合わない人間がそばにいるより、大好きな動物がいてくれるほうが幸せだ」と考えている。ここ、素晴らしいです(笑)。しかも、そう思う自分はきっと世の中から外れているんだろうと予感すら抱いている。 群 これ、私が高校生の頃に古文の先生に言われたことなんですよ。本にも書いたけれど、だから女性は結婚して子供を産みなさいということをおっしゃるので、私は、ん? と思ってしまったんです。 藤野 実話だったんですね。今回は共感できるところが今まで以上にありました。例えば、キョウコさんが年齢を重ねて丸くなったと感じているところ。「自分とは関係のない人たちにいい出来事があっても、よかったなと素直に喜べるようになった」とあって、まさに自分もそうなんです。 群 少しはキョウコも成長しないとね(笑)。 藤野 かと思えば、お兄さん夫婦の幸せそうな姿を見て、「うとまれている人間一人が亡くなったことで、周囲の人間がみんな幸せになるなんて、人生は残酷なものだ」と。おかあさんのことだと思うんですが、この振り幅がすごい(笑)。でも、その両方を持っているところがキョウコさんの面白さであり、良さなんだよなと改めて感じました。 群 母親に対してきっと何かあるんでしょうね(笑)。でもそれを、キョウコの面白さだと言ってくださるのは藤野さんの優しさだと思います。『じい散歩』を拝読しましたが、ちょっと毒づくようなところもあるのに笑えるんですね。根本に優しさがあるから。描写もとても細やかで丁寧で、見習わなくてはと思わされました。 藤野 人に好かれたいという心根が出ているのかも。 群 そういうのって読者はわかると思うんですよ。でも藤野さんの作品からは感じられない。幸せが滲み出ています。 藤野 憧れの群さんにそんな風に言っていただけて、今日来てよかったです(笑)。 ――藤野さんの『団地のふたり』は「れんげ荘物語」シリーズの世界と通底しているものがありますね。 藤野 実は、参考にさせていただきました。私にとって生きていく上で何が必要かを考えた結果、友達がいてくれれば大丈夫だなと思ったので。そこはキョウコさんとは違うんですが。 群 幸せは人それぞれですからね。 藤野 ちょっと年齢のいった女性二人の友情ものをという依頼だったので、生家である団地に戻って暮らす五十代の幼馴染の日常を描いています。最近は団地に移り住む若いアーティストの話を耳にしますし、私が子どもの頃に住んでいたこともあって、団地が気になっていたんです。 群 私もね、後期高齢者になったら団地に住むのもいいなと考えているんです。 藤野 団地、すごくいいですよ。実はこの作品を書いてから団地に引っ越したんです。二つ隣りのお部屋におばあさまが住んでらして、ときどきお花を分けてくださるんですが、そんな時は「れんげ荘的!」と思ってしまいます(笑)。 群 長屋っぽい感じもありますよね。 藤野 ええ。団地の良さにハマってしまい、団地を舞台にした小説を角川春樹事務所さんでも書かせていただく予定です。 群 どんなお話なんですか? 藤野 広い団地だと商業棟というのがあって、食事のできるお店が入っていることがあるんですね。お店もさまざまで、タイ料理屋やお蕎麦屋さん、スイーツのお店もあったり。そんな“団地メシ”を一つのテーマにして書こうと考えています。 群 楽しそうですね。伺っているとキョウコが団地に暮らすのも面白そうだなと思えてきました(笑)。 藤野 そこは「れんげ荘」でお願いします。あのアパートで年を重ねるキョウコさんの日常をまだまだ読みたいです。 群 そうおっしゃってくださる方がいるうちは働かないとだめですね(笑)。キョウコのような生活はまだ先のようです。 【著者紹介】 群 ようこ(むれ・ようこ) 1954年東京都生まれ。1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。著書に「れんげ荘物語」「パンとスープとネコ日和」シリーズ、『無印良女』『かもめ食堂』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』『還暦着物日記』『咳をしても一人と一匹』『いかがなものか』『きものが着たい』『それなりに生きている』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『子のない夫婦とネコ』『音の細道』『今日は、これをしました』『パンチパーマの猫』『こんな感じで書いてます』『たかが猫、されどネコ』など多数。 【聞き手紹介】 藤野千夜(ふじの・ちや) 1962年福岡県生まれ。1995年「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビュー。著書に『君のいた日々』『すしそばてんぷら』『おしゃべり怪談』『夏の約束』『少年と少女のポルカ』『ルート225』『彼女の部屋』『ベジタブルハイツ物語』『主婦と恋愛』『中等部超能力戦争』『少女怪談』『親子三代、犬一匹』『願い』『ネバーランド』『時穴みみか』『じい散歩』『じい散歩 妻の反乱』『団地のふたり』など多数。 [文]角川春樹事務所 構成:石井美由貴 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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