今も進行中…国民の多くが気づかない「最大のステルス増税」の意外な正体
医療保険制度も「流用」
政府が行っているのはこれだけではない。子育て支援策の実施にあたっては、子育て支援とは異なる枠組みの医療保険制度を事実上、流用する形で財源を捻出している。 子育て支援制度は、児童手当の拡充や保育士の配置基準見直し、時短勤務への給付金創設など3兆円程度の支出が見込まれている。全体の金額をカバーできる財源はまだ確定していないものの、約1兆円については「支援金」からの充当が決まっている。支援金は医療保険の枠組みを使って徴収されるのだが、これについては多くの専門家から異論が出ている。 保険というのは事業の位置付けになるので、受益者と負担が一致していることが前提条件となる。だが子育て支援策はあくまで一般的な政策であり、本来、保険の枠組みにはなじまない。こうした一般的な政策を実施する場合には、税を用いて財源を確保するのが原理原則であり、今回の措置はある種の保険の流用であると批判されても仕方ないだろう。 近年、政府がこうしたやり方を乱発しているのは、財源の確保に苦労しているからである。 増税と聞くと多くの人は相当なアレルギーを示すが、もともと存在していた税金が名前を変えて継続されたり、保険料の金額が変わることにはほとんど無関心である。多くの国民は、そもそも自分がいくらの税金や保険料を徴収されているのか無頓着なので、徴収額が増えることに大きな反対は起きないのが現実だ。
インフレ放置が最大のステルス増税
政府によるこうした手法は民主国家においてあってはならないことだが、国家の主権者は私たち国民であるという現実を考えると、やはり国民の側にも一定の責任があると言わざるを得ない。国民がもっと税の使い道や徴収について高い意識を持ち、責任ある議論を行う政治環境であれば、政府もこうしたやり方は持ち出してこないはずである。 今回の定額減税をめぐる一連の騒動は、戦後日本の税制が抱える矛盾を露呈させたといえるだろう。 終戦後、GHQ(連合国軍総司令部)による占領を受けた日本は、直接税を中心とした米国型の税制に改めるべきとの指摘を受けた(シャウプ勧告)。これは国民が税について理解し、納税者としての意識を高め、民主主義を推進するという観点で行われたものである。だが日本側はこの勧告を完全には受け入れず、戦費調達のために導入した源泉徴収制度をそのまま残す形で今の税制を作り上げた。 源泉徴収制度は、一方的に所得の源泉(給与など)から税金を差し引くというもので、徴収を最優先した仕組みといえる。しかもその業務を企業に丸投げし、年末調整で納税額を確定するので、国民はいくら税金を払ったのか、よほど注意しないと分からない。 近年、いくらでも国債を発行できるという経済学の原理原則を無視した議論が一部から出てきているのも、こうした税に対する関心の低さと決して無関係ではないだろう。 日本の財政は危機的状況に瀕しており、このままの状態を続ければ、ほぼ確実にインフレが進み、預金の価値が減少する(反対に政府債務の実質的価値が減少する)という形で実質的な大増税になってしまう。つまり国債を過剰発行し、インフレを放置することこそが、最大のステルス増税なのだ。税に対する無関心は、最終的には私たちの生活にすべて跳ね返ってくる。
加谷 珪一