春闘での高い賃上げ率に満足せず労働生産性向上の取り組み継続を
「物価と賃金の好循環」とは何か?
「物価と賃金の好循環」という言葉がよく聞かれるが、仮に物価と賃金が相乗的に同じ幅で上昇していっても、実質賃金の水準は変わらないため、実質個人消費は改善しない。 実質個人消費は、主に実質賃金の先行きの見通しと実質金利によって基本的には決まるものと考えられる。名目の賃金、物価が上昇しても、それが同じ幅であって実質賃金の水準が変わらない、あるいは物価上昇分だけ名目金利が上昇しても、実質金利の水準は変わらなければ、個人消費行動は変化しないのである。
企業に賃上げを促すだけでは問題は解決しない
企業に無理に賃上げを迫り、物価上昇を大きく上回る賃金上昇に至れば、今度は実質賃金が大きく上昇し、労働分配率が高まる形で、企業収益環境が悪化してしまう。それを受けて企業が設備投資を抑制し、雇用や賃金を抑制するようになれば、個人にも逆風となる。企業に賃上げを促すだけでは、経済は良くならないのである。 分配に変化がない中では、実質個人消費を大きく左右する実質賃金の上昇率は、労働生産性上昇率と一致する。持続的に実質賃金上昇率を高めるためには、一時的に企業の賃上げを促すのではなく、労働生産性の向上が必要となる。 その結果、実質賃金と実質収益は高まり、労働生産性向上の恩恵を、企業と個人とがともに持続的に享受できるような環境を作ることを目指すべきだ。
労働生産性向上の取り組みを地道に進めることが重要
高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを続けることが重要だ。 企業は引き続き資本効率、収益性の向上に努めることが必要だ。労働者は、リスキリング(学び直し)などを通じて技能を磨き、労働生産性向上に努めることが重要である。 さらに政府には、労働市場改革、少子化対策、外国人労働力の活用、インバウンド需要の拡大、大都市一極集中の是正などの成長戦略を推進することで、労働生産性上昇率や潜在成長率を高める取り組みが求められる。高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを、今こそ企業、個人、政府の3者が足並みを揃え、気を抜くことなく進めていくべきだろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英