斎藤幸平と中野香織が語るクラフツマンシップ回帰とサステイナビリティ
今、ラグジュアリーブランドがクラフツマンシップの重要性を謳うのはなぜか。また、それは社会にどう寄与するのか。斎藤幸平と中野香織が考察する。 【写真の記事を読む】今、ラグジュアリーブランドがクラフツマンシップの重要性を謳うのはなぜか。また、それは社会にどう寄与するのか。斎藤幸平と中野香織が考察する。
新しい形のラグジュアリー
──近年、ファッションブランドが、クラフツマンシップの重要性を見直す動きがありますが、中野さんが注目するプロジェクトは? 中野香織(以下、中野) いくつか事例を挙げれば、ロエベ財団は、まさにクラフツマンシップを称え、優秀な作り手を発掘するクラフトプライズを行っています。また、イタリアのコローニ伝統工芸財団は、職人の仕事の再評価促進を目的のひとつに創立された非営利団体ですが、カルティエなどを傘下に持つリシュモンが同財団をバックアップしています。また日本でも、2022 年にLVMHのベルナール・アルノー氏が当時官房長官だった松野博一氏の元を訪れ、意見交換していますね。そこで提言されたのは、ルイ・ヴィトンを中心としたLVMHグループの製品において、日本の素材を使用している場合は、商品説明欄に日本の具体的な産地を記載すること。つまり、メイド・イン・ジャパンではなく、メイド・イン・岡山やメイド・イン・鯖江などと、ものづくりの産地をフィーチャーし、また職人や若い作り手とコラボレーションしていこうとする動きがありますね。 ──なぜ、そうしたクラフツマンシップ回帰が起こっているのでしょうか。 中野 高度資本主義が進んだ1980年代、ラグジュアリーブランドがあまりにも大量生産品を作り続けてきてしまったことがありますね。もともとラグジュアリーとは、創造性や唯一性にその価値があり、それは、手仕事やクラフツマンシップがもたらすもの。高度資本主義への反動として起こった「ラグジュアリーって何だっけ?」という原点への見直しが、クラフツマンシップ回帰に繋がっているところはあると思います。 斎藤幸平(以下、斎藤) 私は、その高度資本主義的なラグジュアリーブランドの動きを「自滅しようとしている」と表現してきました。象徴的なのは、ロゴをドカンとプリントしたT シャツやパーカー。それは、いわば高度資本主義の下で行われてきた「記号に意味をつけて売っていく」ことを極度にまで推し進めただけのもので、もはやそこにはクラフツマンシップはほとんど感じられないわけです。そういうことを長期的にやれば自滅するのは自明。ですが、それを多くのブランドがこの数年やっているのも事実です。 その上で、今、懸念されるのはそういうクラフツマンシップ回帰が結局、見せかけのものにならないかということです。というのも、この10年間ほど、ファッション業界におけるもうひとつの大きな動きとして「サステイナビリティ」がありますね?新素材を使う、リサイクルするなど、さまざまな取り組みがなされていますが、しかし、ファッション業界が環境へ与える負荷は、依然として減っていない。つまり、サステイナビリティと同じように、クラフツマンシップ回帰も中途半端なものになってしまわないかと思うのです。 実際に、私自身、とある職人工場を見学しに行ったことがあるのですが、そこで働いている人の多くは技能実習生でした。メイド・イン・ジャパンとか言いながら、海外から技術を学びにきている人が作ったものであるし、特に問題なのは、それは低賃金で働かせて作ったものである場合もあるわけです。 中野 実は世界中で起きていることですね。メイド・イン・イタリーの革製品だけど、イタリア人が作っていなかったり、すごく希少な素材を使った製品と謳われているものの、実は、その素材は小さな子供が低賃金で働かされて採取したものだったり。ブランドも下請けや素材調達方法まで管理するのは難しい。 斎藤 だから、真剣にサステイナビリティを考えるとサプライチェーンは短くしていくべきだし、生産量を高めすぎないほうがいい。どんどんスケールアップしていくのが正義ではなく、適正規模を見極めることも、今の時代、必要でしょう。それはつまり脱成長ということ。更に言えば、クラフツマンシップの問題と脱成長は一緒に考えるべきかもしれません。職人の数は限られているものであり、成長し続けることは難しい。むしろクラフツマンシップ回帰しながら、成長していこうというビジョンは、場合によっては、職人が使い捨てにされてしまう可能性もありますから。 中野 一方で、頑張っているファクトリーブランドもあります。例えば、福島県いわき市の「いわき靴下ラボアンドファクトリー」。もともとはレナウンが持っていた工場が前身で、そこには、世界に5台だけの極細の糸を扱える機械と職人さんがいたんですね。ただレナウンが経営破綻し、閉鎖されることになった。その際に、現在のいわき靴下ラボの社長を務める西村京実氏が設備を引き受け、働いていた職人の方と始めたブランドです。実は、職人の方も、それまで自分たちの技術が希少だと知らなかったそう。こうやって再出発する過程で、職人の方も自分たちの技術が世界に通用するものだと自覚するようになり、世界に勝負できるソックスを作っていこう、と。たとえば、彼らは藍染職人とコラボし1足1 万円のソックスを作ったりもしています。ちなみに、従来とは違う、新時代のラグジュアリーの旗手として推しているのが、ブルネロ・クチネリです。クチネリも職人を大事にしており、実際にそこで働く職人の賃金はイタリア国民の平均賃金より20%ほど高いそうです。面白いのは、職人が幸せに働ける環境づくりをすると、職人がとんでもなく美しいものを作るようになるんです。最近、私が見たニットは価格が100万円台でしたがアートピースのよう。その美しさに感動して、買う富裕層もいるわけです。 斎藤 クチネリの労働環境への配慮、倫理観のあるものづくり、その利益を拠点とする村へ還元していくような姿勢は素敵だなと思います。ただ、100万を超えるニットを買う金持ちがいない世界のほうがいいというのが私の本音ですね(笑)。 中野 (笑)。職人の方も作りたくなってしまうんでしょうね。ただ、これは19世紀、アーツ・アンド・クラフツ運動を先導したウィリアム・モリスが行ったことに似ているところもあります。モリスは低品質の大量生産品に抵抗して、職人が喜びを感じて作れる、芸術的な日用品を生産することを目指しました。でも実際にそういったものを作ったら、金持ちばかりが買っていく。そこにジレンマを感じて、次第にモリスは社会主義運動に傾倒していくんですね。そういうジレンマみたいなものは19世紀からずっと続いている気はします。 斎藤 モリスも、『資本論』で知られるカール・マルクスの本を読んでいたそうで、社会のあり方を変えていく必要性をすごく感じていたと思います。私が今、改めて思うのは、「職人を尊重しよう」という話は、「労働環境を整え、人権を守ろう」「環境負荷を減らそう」などという話と、じつは近いところにあり、それらが有機的に結びついていくことで、社会のあり方を変える力になるのかもしれないということです。つまり、ただメイド・イン・ジャパンのものを売りましょうということだけだと、場合によっては労働条件を悪化させるかもしれないし、環境破壊を進める結果になってしまうかもしれない。ひとつの問題が、ファッションやものづくりを取り巻く他の問題にいかに結びついているかを消費者も含めて認識し、議論することが重要ではないかと。 ──斎藤さんは日本のブランドについてどう思いますか? 斎藤 日本のファッションブランドは、ヨーロッパのメゾンブランドのようにコングロマリットに属さないわけですから、それゆえできることを実践してほしいと思いますね。たとえばコムデギャルソンやその下の世代のサカイやカラーなど、世界的に成功しているブランドが、サステイナビリティにもっと力を入れて、新しい価値観作りを先導してほしい。 中野 日本でも若い世代では、ユイマナカザトが、廃棄された洋服から不織布を制作し、新しい洋服に仕立てるプロジェクトをオートクチュールで行っています。そのユイマナカザトに資本提供しているのが、人工タンパク質の繊維で知られるスパイバー社。植物由来の原料から微生物発酵で「ブリュード・プロテイン TM」という繊維を開発していて、未来への希望を感じる会社です。またニットブランドのCFCLも人気。日本で最初に(環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる)Bコープ認証を取得したことでも知られています。 斎藤 そうやって、ファッション業界には、ブランドには、きちんと責任を果たしてほしいというのが私の今の率直な思いですね。そうしないと、もう消費者はファッションを楽しめない。何かを作ると、例えば、環境に負荷がかかるわけです。要するに、もうこれ以上、余剰なものを大量に作ってはいけない時代にある。その中で何を作るのか。そういう視点からものづくりをするデザイナーがもっと増えてほしいと常々思っていますし、そこで新しいものを生み出してくれるデザイナーに期待しています。 KOHEI SAITO 経済思想家、社会思想家。ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。現在は東京大学大学院准教授を務める。著書にドイッチャー記念賞を歴代最年少で受賞した『大洪水の前に』、新書大賞を受賞した『人新世の「資本論」』などがある。 KAORI NAKANO 服飾史家、著作家。英国文化、ダンディズム史、ファッション史、英国王室スタイル、ラグジュアリー領域を専門とする独立研究者。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史』『新・ラグジュアリー─文化が生み出す経済 10の講義』(安西洋之との共著)など。 WORDS BY MASANOBU MATSUMOTO ILLUSTRATIONS BY NAOKI SHOJI Getty Images (London Stereoscopic Company, Stefania D’Alessandro)
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