【密着】30歳を前に突然メガバンクを辞めオランダへ 寿司職人に転身した息子へ届ける両親の想い
オランダ・アムステルダムで寿司職人として奮闘する吉田征司さん(33)へ、埼玉県で暮らす父・紀男さん(60)、母・美智子さん(60)が届けたおもいとは―。
出張専門の寿司職人として現地では珍しい本格的な江戸前寿司を提供
アムステルダム市内には寿司店が200軒ほどあり、日常的に親しまれてはいるものの、日本人が本格的な寿司を出す店はほとんどない。そこにビジネスチャンスを感じた征司さんは2年前、この地に渡ってきた。店舗は持たず、出張専門の寿司職人として、お客さんの自宅へ出向いて寿司を握っている。 今回の出張先はアムステルダムの中心地にある高級住宅街。1年前からの常連だというニューヨーク出身のステファニーさんの家に呼ばれた。征司さんの寿司を食べた事がない友人2人を招いてホームパーティーをするという。ダイニングテーブルの片隅を寿司カウンターに、ステファニーさんらの目の前で解説を交えながら寿司を握る征司さん。この日は煮穴子に漬けマグロなど15貫と、汁物、小鉢などのコースで、値段は約1万9千円。オランダにはほとんどない本格的な江戸前寿司とあってリピーターも多いそうだが、出張の依頼は平均で週4日程度。まだまだ生活に余裕ができるほどではないという。
“レールに敷かれた人生”が崩れ、メガバンクを突然退職
大学卒業後、メガバンクに就職した征司さん。だが2020年、30歳を前に突然退職。元々文化や歴史に興味があったヨーロッパで暮らすため、日本人である強みを活かした寿司職人の道を選んだ。そして寿司の専門学校に通い、江戸前寿司の技術を一から習得。銀行には何の不満もなかったが、当時持ち上がっていた結婚の話が順調に進まなかったことを機に“レールに敷かれた人生”が崩れ、「当たり前に思っていたことが当たり前ではなかった」と感じるようになったのだという。思い描いていた将来が一変したことで、もっと自由に生きようと2021年にオランダへ渡ったのだった。ところが、そこで想定外のことが。ある日本人から誘われ寿司ビジネスに関わったものの、事業内容に食い違いがあり、最終的にオランダでの生活のために蓄えていた全財産を失ってしまったのだ。 当時、なぜ寿司職人になったのか分からない上に蓄えも無くなったと聞いた母・美智子さんはショックを受け、夜も眠れなかったという。だが実際に征司さんがオランダで働いている姿を見て、父・紀男さんともども「ほっとしました。頑張ってるんだな」と安心する。ただ、「レールに敷かれた人生」と語っていたことに対しては、美智子さんも「口うるさかったのかな…」と苦笑。「素直な子だったんですが、親に言われたことが基軸で、それが正しいと思って動いていたんじゃないかなと思います」とかつてを振り返る。