バブル崩壊以降に労働者が「非正規雇用」や「サービス残業」を受け入れざるを得なかったワケ
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌… なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換…… 話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
人口調整局面から人口減少局面への移行
過去から現在に至るまで、日本経済はさまざまな局面を経験してきた。そしてその時々における景気循環の波の影響を受けながらも経済は緩やかに成長を続けてきた。これまでの経済のトレンドをより長い目で人口動態との関係性から捉えなおしたとき、これをどのように解釈することができるだろうか。 ここでは、1990年代半ばまでを人口の増加局面、1990年代半ばから2010年代半ばまでを人口の調整局面、2010年代半ば以降を人口の減少局面として区分してみよう(図表3-1)。もちろん経済は人口の動向だけに規定されるわけではないが、このようにして区分してみると人口動態は経済の構造と密接に関連してきたと解釈することができる。 1990年代半ばまでの人口増加期においては、トレンドとして経済の需要と供給の量は拡大を続けてきた。この時期の企業は日本経済への高い成長期待のもと、能力増強のための設備投資を活発化させ、大量の新卒採用を行う中で従業員の確保に努めてきた。人口が増加していくという観測のもと、交通や電力、通信などのインフラをはじめとする資本ストックも増加を続けた。当時は、日本の経済規模が単調に拡大するなか、失業率は低い水準での推移を続け、雇用も恒常的に不足感が強い状態にあった。 しかし、人口の増加期から調整期に移るなかで経済の構造は変わっていく。1990年代半ば以降の経済で生じた現象は、深刻な需要不足であった。人口増加局面から人口減少局面に移行していくなかで、これまで拡大を続けることが当たり前であった国内マーケットは、多くの市場において拡大を続けることが難しくなってくる。こうしたなか、企業はこれまでの慣性に引っ張られる形で過度な投資を行い、それは結果的にバブル経済へとつながってしまう。 バブル期においては、日本経済は足元の需要に比して生産能力を拡大させすぎてしまった。これが後を引く形で、バブル崩壊以降、経済は長い調整期間に入る。1990年代後半から2000年代にかけての間は、短期的な好況、不況の波を繰り返しながらも、基本的には景況感が停滞するなかで企業は常態的に雇用や設備の過剰感を感じてきた。1999年の経済白書において雇用、設備、債務が過剰に存在していることをもって「3つの過剰」と表現したように、当時、企業は雇用をはじめとする生産能力の過剰感に苦しんだ時代にあった。 この時期に生産能力の過剰感が生じたのはなぜか。これには人口動態の移行期間に直面していたという原因のほかにも複合的な要素が影響している。たとえば、日本と地理的に近くかつ貿易構造も似ている中国経済が台頭し、国際経済の枠組みに組み入れられることによって、世界的に安価な労働力が豊富に利用可能であったことは過剰供給の一因として指摘されている。日本においては女性や自営業者など潜在的な労働力のプールが大量に存在しており、団塊世代や団塊ジュニア世代が働き盛りの世代に当たっていたことも一因としてあっただろう。あるいはIT革命の進展などテクノロジーの進歩によって供給能力が上昇したことも背景としてあったと考えられる。 雇用に過剰感があり、かつ失業率も相対的に高い水準にあるとき、経済にはどのような調整が生じるか。企業の行動に焦点を当てれば、労働市場に労働力が大量に存在しているのであれば、わざわざ賃金を上げてまで従業員を確保する必要性はなくなる。労働力を容易に確保できる環境下においては、企業は労働者の賃金水準を低く抑えることでコストカットを図り、生じた余剰を企業の利益として計上することができる。人口調整局面において、こうした企業行動は倫理的な問題はともかくとして、利潤最大化を自己目的とする企業や経営者にとっての合理的な戦略になってきたのだと考えることができる。 労働市場の需給のゆるみは、労働者側には不利に働く。しかし、労働者もまた企業と同じくプライステイカーである以上、自由市場の下においては、労働者は基本的にこの環境を甘受せざるを得ない。その結果として、バブル崩壊以降の20年近くの期間は、自らの意思に反して非正規雇用で働かざるを得ない人が多数発生した。また、長時間労働を強要しながら割増賃金を支払わないような企業が跋扈していても、労働者側はこの状況を受け入れざるを得なかった。近年、働き方改革関連法の施行によって人々の働き方は大きく変わりつつあるが、こうした制度変更に関しても、市場の需給がタイト化し、労働者と企業とのパワーバランスが変化していることがその背景にあったのだと考えられる。 この時期の労働市場のだぶつきは、財・サービス市場や資本市場にも影響を与えてきたとみられる。つまり、安い労働力を存分に活用できる環境が、安くて質の高いサービスの提供を可能にし、物価の上昇圧力を抑制してきた。また、労働力の価格である賃金が抑制されることで資本の相対価格は高止まりした。国内マーケットの縮小懸念もあり設備投資の需要は停滞し、資本市場においては金利が長期にわたって抑制されることになる。 つづく「激変する日本経済、生き延びる企業と淘汰される企業の「決定的な差」」では、人口減少局面において企業はどのように変化していくべきなのか、具体的に掘り下げる。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)