綾野剛、役者をナメていた自分を本気にさせてくれた
そして、23テイク目が終わって、OKがかかった。その時、なんと言ったらいいのか、初めて大人にしっかり胸倉をつかんでもらったような気がしたんです。つかんで逃がしてもらえない。そのうえで「お前が素人だろうとなんだろうと、テレビに映っている以上、視聴者はお前をプロとして見る。そこに対する敬意がまったくない。そんなお前からいい芝居が生まれるはずがない」ということを言葉ではなくその23回の繰り返しの中で、たたき込んでもらった気がしました。 変な話ですけど、終わった瞬間、血の混じった鼻水がツーッと垂れてきたんです。自分でもハッキリとは分からないんですけど、それくらい、たくさんの感情が渦巻いて、細胞の深いところまで響いていたんだろなと。なぜ、23テイク目でOKが出たのか。それまでと何が違ったのか。本当に23テイク目を放送で使っているのか。全部が分かりません。ただ、完璧にこちらの心を折らないとダメだと思ってくださったんだと思います。それに要したのが23回という回数だったんだと。 そんな1時間20分が終わり、石田さんから「ま、100点でもないけど、赤点でもねえよ」という言葉をもらいました。そして、これは今でも鮮明に覚えているんですけど、控室に戻る階段を2~3歩上がった瞬間に「…役者を始めよう」と決めたんです。 「仮面ライダー」の撮影で3か月ご一緒して以来、実は、石田さんとは一度もお会いしていないんです。連絡先も知っているし、どこに行けば会えるのかも分かっている。ただ、まだお会いできないと言いますか。今会ったら、それで自分が終わっちゃいそうなんですよね。もっと言うと、辞めちゃいそうだなと、僕が。 石田さんはすごくシャイな方でいらっしゃるので、「仮面ライダー」の打ち上げでも会場の端っこの方に座ってらっしゃったんですけど、そこで言ってくださったのが「綾野君は“映画サイズ”だから、映画をやりなさい」と。そこからは映画しか見えなくて、アート系や単館系とか、とにかく映画をやり続けました。「仮面ライダー」の次のドラマとなったのは日本テレビ系で放送された「Mother」(2010年)だったんですけど、7年空きました。