個人も企業も「AI依存症」が蔓延…利益至上主義の技術革新が「人間の主体性」に重大なリスクをもたらす
<すさまじいペースで進む技術革新にまったく追いつけない AI規制。巨大テックは「中国脅威論」を隠れ蓑に規制を回避し、独占空間を拡大させ続けている>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]米ブルームバーグのテクノロジー担当記者で新著『Supremacy』(筆者仮訳:覇権)を発表したパーミー・オルソン氏はロンドンのオフィスビルで「政府が技術革新の速いペースについていけない。このため、AI(人工知能)規制は遅れている」と指摘した。 【動画】2100年に人間の姿はこうなる 3Dイメージが公開 新著の中でオルソン氏は、囲碁で世界最強の棋士を破ったグーグル・ディープマインド共同創業者デミス・ハサビス氏と、ChatGPTで旋風を巻き起こしたオープンAIのサム・アルトマン最高経営者(CEO)というAI開発を主導する巨人2人の軌跡に焦点を当てている。 今年のノーベル賞は物理学賞で機械学習の基礎となる手法の開発が選ばれたのに続き、化学賞でタンパク質の立体構造を予測するAIを開発したハサビス氏ら3氏が選ばれている。 AIはすでに私たちの生活に与え始めており、イデオロギー的対立、倫理的ジレンマ、社会的影響を引き起こしている。オルソン氏は、グーグルやマイクロソフトといった巨大テックへの権力集中と公共の利益を守るためのバランスの取れた規制が至急、必要だと提言している。 ■理想主義と現実的な企業利益の衝突 オルソン氏は「大規模言語モデルをベースとするChatGPTのような生成AIは大きな飛躍を意味し、狭いアプリケーションの枠を超えている」と、この2年間に起きたAIブームを振り返った。こうした進歩は巨大テックの優先順位を変え、AIに対する一般の関心を喚起した。 科学的好奇心、壮大なビジョン、ユートピア的願望に根ざしたAI技術は理想主義と現実的な企業利益が衝突するシリコンバレーの典型的なパラドックスに突き当たる。 ディープマインドは自律的な活動を続けるという前提でグーグルに買収された。 「AIが強力になれば、がんのような病気を治すのに役立つだろう。気候危機さえも解決するかもしれない。ちょっとクレイジーに聞こえるかもしれないが、これがハサビス氏が純粋にやろうとしていたことなのだ」とオルソン氏は語る。 しかし、非商業的なAGI(人間のような認知能力と自律性を持つ未来のAI)を作ろうというディープマインドの志は打ち砕かれ、グーグルの営利主義にのみ込まれた。ディープマインドの多くの関係者は同社の革新的なテクノロジーは一企業に独占されるべきではないと考えていた。 ■若手社員が担当する仕事を自動化 アルトマン氏率いるオープンAIも、AIの倫理的発展を保証する非営利団体として設立されたが、マイクロソフトと資金提携したことで大きな転機を迎える。この提携によりオープンAIは製品主導型の営利団体へと変貌した。 「マイクロソフトやグーグルのような巨大テックの影響力は、限られた規制と相まって、社会的に悪影響を及ぼす可能性のあるガバナンスのギャップを生み出している」とオルソン氏は主張する。労働市場でAIの影響は顕在化し始めている。 新卒者の労働市場への影響が大きく現れている。金融や法律などさまざまな分野の企業が、これまで若手社員が担当していたデータ処理やカスタマーサービスなどの業務を自動化している。AIを利用するツールが人間の労働力を置き換えるパラダイム・シフトが徐々に広がっている。 ■個人的な交流までもAIに依存する オルソン氏は「生成AIの普及が、プライバシーと人間の主体性に重大なリスクをもたらす。コミュニケーションや意思決定、さらには個人的な交流までもAIに依存する。私たちの批判的思考能力が低下する恐れがある」と警鐘を鳴らす。 コンパニオンボットや音声対応アシスタントのようなツールがAIへの依存を助長する可能性がある。巨大テックは自社のインフラ以外で活動することがほぼ不可能なエコシステムを築き上げる。この排他的な独占空間を規制する必要があるとオルソン氏は訴える。 しかしシリコンバレーの大企業はしばしば「中国脅威論」を持ち出し、厳しい規制は西側の技術競争力を阻害し、中国に敗れる恐れがあるとほのめかす。このようなレトリックは政治家の恐怖心を煽り、巨大テックが実質的な規制を回避することを可能にしているという。 オルソン氏は「効果的なAI規制の欠如は、政府が急速な技術進歩に対応できていないことに起因する。消費者をAIの試験場のモルモットとして放置している。企業の自主規制は、技術革新が利益至上主義に基づいているという現実を考えると不十分だ」と危惧する。