トークイベントはほぼ満席 注目の怪談愛好家3人組「弘前乃怪」 青森・弘前市
青森県弘前市の怪談愛好家3人組「弘前乃怪」の活動が、注目を浴びている。県内外で企画する怪談トークイベントはほぼ満席。リピーターも多い。3人が繰り出す怖い話は、すべて聞き取りによる実体験ストーリー。怖くて、不思議で、ほろりとさせられる物語が聞き手の心に響く。 ▼「地域の魅力伝えたい」 2024年8月、弘前市の久渡寺で開かれた弘前乃怪主催のトークイベント「泣き怪」。照明が落とされた境内に、津軽弁の低い声が響く。語り手は、会社員の鉄爺さん(59)、フリーランス作家の高田公太さん(46)、団体職員で怪談作家でもある鶴乃大助さん(53)。戦死した友が生前の約束を果たしに来た話、亡くなったはずの後輩が別れを告げに来た物語などが語られた。聴衆は定員いっぱいの60人。長年のファンの一人である50代女性(弘前市)は「津軽弁の語りが聞きやすい。ただ怖いだけでなく、郷土愛とぬくもりを感じる」と話した。 13年前、鉄爺さんが、弘前市の盛雲院で怪談トークイベントを実施したのが活動の始まり。その時は約120人が集まった。心霊写真ブームやテレビ番組「あなたの知らない世界」など、昭和の怪談文化に影響を受けた鉄爺さん。「怪談で弘前を盛り上げたい」との思いがあった。その後、高田さんや鶴乃さんもメンバーに加わり、年数回イベントを開催。仙台、秋田、盛岡など県外でもイベントを開いている。 トークに台本はない。繰り出される怪談は、その場の流れで決まる。 怪談を集める手法は三者三様。鶴乃さんは県内外に足を運び、イタコやカミサマ、マタギ、寺の住職、ねぷた絵師らの話にじっと耳を傾ける。高田さんは飲み屋のカウンターで同席した客の不思議な体験を集め、鉄爺さんは仕事で知り合った人から話を聞いている。 高田さんと鶴乃さんが体験実話を基に執筆した「青森の怖い話」(竹書房)は24年、県内書店でベストセラー入り。近年の「怪談ブーム」を後押ししている。 なぜ津軽の人に怪談が受け入れられるのか。「イタコの口寄せに代表されるように、生と死がとても身近にある。魂の存在をふつうに受け入れている」と3人は口をそろえる。お盆に物音がすると、亡くなった人が帰ってきたと感じる風土がある。禅林街や岩木山信仰、賽(さい)の河原など、死生観を象徴する風景が、日常生活に溶け込んでいるという。 トークイベント後、ファンの一部が「良かった」「また来たい」と感想を述べてくれる。その表情を見て3人はつくづく思う。「好きな弘前のため活動を続けたい。怪談を通して地域の魅力を伝えたい」 ▼鉄爺さんが好きな物語「ラブ二編」 <第一話>たまたま青森市内のホテルに入ったカップル。男性は部屋に着いた途端、強い睡魔に襲われて寝入ってしまった。女性はゲームをやって時間を潰(つぶ)した。1時間の滞在後、2人が帰ろうとする際、たまたま浴室に視線が行った。浴室のカーテンが10センチ開いていた。その隙間から花柄の黒いワンピースを着た女が、じっと見つめていた。気配を感じて、テレビに目を向けると、電源が落とされた画面には、花柄の女の顔が映っていた。 <第二話>お見合いパーティーで知り合った弘前市のカップルは、市外のホテルで休憩することに。部屋に入った途端、女性が突然「帰ろう」と言い出した。ホテルを出た後、男性が女性になぜ帰ろうとしたか聞いたところ、女性は言った。「あんたの背中と、私の間にさ…天井から逆さまにぶら下がった女がいて、あんたこっと睨(にら)んでらんだよ…」 ▼高田公太さんが好きな物語「葛西さんの話」 幼い頃に両親を亡くした葛西さん(青森市在住)。叔父叔母に、何不自由なく育てられた。勉強はあまり好きではなかったが、県内の大学入学を目指して勉強した。高校3年の時受けたセンター試験の手応えはいまひとつ。合格発表の日は、不合格を覚悟して家でふさぎこんでいた。そこに、聞き覚えのない男女の声がした。「おめでとう、おめでとう」。鍵がかかっているので誰かが家に入ってくるはずもない。 間もなく、合格発表を見に行った叔父叔母が帰宅し、葛西さんに合格を告げた。3人は喜び合った。それにしてもさっきの男女の声は誰だったのか。叔父は言った。「本当のパパとママでねえの」「あんたが生まれたとぎに言っていたんだよ。『まずは大学だ。そごまでは頑張らねばまいね』って。パパが大学に入ってながったがら苦労したってね。だから、よほどうれしがったんだよ」 ▼鶴乃大助さんが好きな物語「サイダー」 上磯地区で暮らしていた小学生2人と、近所に住んでいた1人暮らしのお婆(ばあ)さんの物語。2人を孫のようにかわいがっていたお婆さんは、いつも2人を自宅に招き入れ、ジュースやお菓子を振る舞っていた。 あの日も「お菓子があるはんで」というお婆さんの声が聞こえたので、2人はお婆さんの家に入ったが、誰もいない。ちゃぶ台の上にはサイダーと山盛りのお菓子。おなかがすいていた2人はサイダーを飲み干し、おやつを平らげて家を出た。その後、2人が訪問した時、前回の訪問時に既にお婆さんが自宅で死亡していたことを知った。 30年後、成人して県外で暮らす2人は古里に帰り、あのお婆さんの自宅を訪れた。空き家のはずの部屋は昔のまま。ちゃぶ台にはお菓子と、今、コップにつがれたように泡立つサイダーが。その光景を見つめ、一人が言った。「ばっちゃ、おら達だよ-」