始まりは「何言ってんの?」 フィルムカメラの新機種ができるまで
令和の時代に、フィルムカメラが売れている。 リコーイメージング(東京都)が7月、フィルムカメラの新機種「ペンタックス17(イチナナ)」(国内の価格は8万8000円前後)をこのブランドとしては2003年以来21年ぶりに発売したところ、公式オンラインストアの初回分が約15分で完売した。家電量販店でも「入荷待ち」が相次いでいるという。 【写真】フィルムカメラの新機種「ペンタックス17」 新機種が発売されるまでの空白期間はデジタルカメラやスマートフォンが普及した時期と重なる。その間に生まれた世代にとってフィルムカメラは逆に新しく、同社は若いユーザーからの支持を狙い発売にこぎ着けた。 ◇時代に合ったフィルムカメラが必要 「中古のフィルムカメラを買った若者が『壊れた』と相談に来る。でも、修理費が高額だったり交換できる部品がなかったりして、肩を落として帰って行くんです」 同社商品企画部の鈴木タケオさんは20年、販売店からそんな話を聞いた。 今ではスマホで気軽に撮影するスタイルが当たり前だが、若者の間では10年代から、富士フイルムのレンズ付きフィルム「写ルンです」やインスタントカメラ「チェキ」シリーズなどを含めたフィルム写真が人気を集めていた。 「スマホと違った色味や優しい光が好き」 「撮影したものをすぐに確認できないからこそ、ゆっくり撮影できて楽しい」 SNS(ネット交流サービス)には、レトロを楽しむそんな声があふれている。 こうしたトレンドの中で、本格的にフィルムカメラを始めようと思った人が中古品を手に入れてもメンテナンスができず、場合によっては無知につけ込まれ価値に見合わない高額な中古品を買わされるリスクもあった。 鈴木さんは「若者がフィルムカメラから離れる懸念がある」と感じ、今の時代にマッチした新機種が求められていると確信した。 ◇「面白い」賛同する社員も とはいえ、社内の反応は冷ややかだった。 新商品企画会議で提案すると、その場は水を打ったように静まりかえった。 「新商品といえばデジカメの時代。幹部は固まり、『フィルム? 何言ってんの?』という雰囲気になり、あーやっちゃった、と」 質疑応答でも部品の課題などの厳しい指摘が相次いだ。だが、少人数ながら「面白い」と賛同する社員もいた。 「やれとは言われなかったけど、やめろとも言われなかった」 その後、5人程度のメンバーが終業後に集まるようになり、企画がスタートした。 ただ、過去のフィルムカメラの設計図面や資料は残されているものの細かなノウハウの引き継ぎは途絶えており、疑問点を一つずつ潰していく地道な作業が続いた。 そんな中、22年12月に「フィルムカメラプロジェクト」と題して、新機種の開発の検討を知らせる動画を発表すると、国内外から予想をはるかに上回る反響があった。 ◇アナログの芽を育てたい スマホの登場で、人々の「撮影」のあり方は大きく変わった。 フィルムカメラは一家に1台が基本で撮影枚数にも限りがあるため、旅行や友人の結婚式といった「ハレの日」や子どもの成長記録など、特別な瞬間を切り取るものだった。 だが、スマホは1人1台でほぼ無制限に撮影できる。特別な瞬間はもちろん、日常の何気ない風景にいたるまで、身の回りの全てのものが被写体になった。 そこで、イチナナはスマホと同じ感覚で撮影しやすいよう、カメラを横に構えても縦位置構図になるようにした。 また、フィルムの価格が上がっていることから、35ミリ判(36ミリ×24ミリ)フィルムの1コマの約半分(17ミリ×24ミリ)を使用するハーフサイズフォーマットを採用。36枚撮りなら72枚、24枚撮りなら48枚と、同じフィルムでも撮影できる枚数をフルサイズの倍にした。 往年のファンへのアプローチとして手巻きを残し、前身の旧旭光学工業の「AOCO(Asahi Optical Corporation)」のロゴマークも入れた。 鈴木さんは「ユーザーやフィルムメーカーなどの支えがあってアナログは生き残ってきた。そんな中で若い人たちがフィルムカメラに関心を持ってくれるようになり、今回の発売につながった。この芽を育てていきたい」と話している。【松山文音】