土浦亀城の名言「早く、きれいに、正確に」【本と名言365】
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。フランク・ロイド・ライトに学び、数々のモダニズム建築を手がけた建築家・土浦亀城。モダンボーイでもあった土浦は、仕事の取り組み方も近代的かつ合理的でした。 【フォトギャラリーを見る】 早く、きれいに、正確に 東京〈ポーラ青山ビルディング〉に「復原・移築」され、この2024年9月から一般公開の予約がはじまる〈土浦亀城邸〉。完成は1935年。この8年前、27年にドイツにできた集合住宅〈ヴァイセンホーフ・ジードルング〉を念頭に設計した家だ。モデルとなった集合住宅は、ミース・ファン・デル・ローエを筆頭にル・コルビュジエやヴァルター・グロピウスらが設計を手がけた、いわばモダニズム建築群。土浦邸も同様のモダニズム住宅だ。 当時の一般的な住宅といえば、台所にかまど、という時代。土浦邸はシステムキッチンあり、水洗トイレあり。リビングには吹き抜けがあって、スキップフロアで立体的な空間構成に。ホワイトキューブの外観も印象的。現代住宅に欠かせない要素が詰まっているのだ。 完成の前年、34年に土浦亀城は自身の建築事務所を立ち上げる。職場のモットーは「早く、きれいに、正確に」。自邸の設計からも感じられる、近代的かつ合理的な姿勢が表れている。ともに働いた所員は「これしかやらないという個性がものすごく強くて、先生自身がモダニズムだという、そんな感じがします」と語っている。 実際、土浦亀城はモダンボーイだった。ベンツのオープンカーを運転し、35mmフィルムのライカで写真を撮り、夕食後にはクラシック音楽を聴いた。さらに、友人で写真家の野島康三が自邸で開催したダンスパーティ「すいやう会」に参加し......と、最先端のカルチャーを浴びた人でもあった。時代の子が生み出した、新しくかつ合理的な土浦邸には一見の価値がある。
つちうら・かめき
1897年茨城県生まれ。1921年、帝国ホテル建設中のフランク・ロイド・ライトに出会う。のち23年に渡米し、3️年間ライトのもとで修業。パートナーで日本初の女性建築家・土浦信子とともに学んだ。手がけた建築に、〈土浦亀城邸〉(1935年)、箱根の〈強羅ホテル〉(1938年)、上野の〈西郷会館〉(1952年)、銀座の〈三原橋センター〉(1953年)など多数。1996年死去。
photo_Yuki Sonoyama text_Ryota Mukai illustration_Yoshifumi T...