JR高松駅の新商業施設、「地元客」重視の理由 僅か10日間で34万人超
香川県の玄関口にあたるJR高松駅に直結した駅ビル「TAKAMATSU ORNE(タカマツ オルネ)」が2024年3月22日にオープン。中でも、知られざる四国の食品を集積したセレクトショップとフードコートの「shikoku meguru kitchen&marche(シコク メグル キッチン&マルシェ)」は、同年3月31日までの実績で売り上げ目標の1.6倍を超える好発進を切っている。その秘密を探った。 【関連画像】丁寧なものづくりを行っている事業者にスポットを当てた事業者展開ゾーン。四万十市の居酒屋「台北」自慢のラー油をはじめ、知る人ぞ知る四国の人気アイテムが多数登場 ●四国の人も知らない四国を。ニッチな商品が集結 瀬戸大橋線マリンライナーの終点であるJR高松駅の改札を出てすぐ、地上4階建て、売場面積約6220㎡の「タカマツ オルネ」には、無印良品やツタヤブックストアなどの人気テナントを含めた60店舗が出店する。食のセレクトショップとフードコートからなる「シコク メグル キッチン&マルシェ」が位置するのは北館の1階だ。売り場面積は約350㎡。JR四国ステーション開発の直営ゾーンで、構想から5年がかりで誕生した。 シコク メグル全体の統括責任者であるJR四国ステーション開発・事業創造部の小松敬部長には、売り場づくりにあたってこんなこだわりがあった。「四国の人でもなかなかお目にかかれない商品、知らないような魅力あふれる商品をこの空間に集めたい」 そこで、自分たちで情報収集するだけではなく、地元を知り尽くしたJR四国グループの各地の従業員にアンケートを実施。その結果を基に四国全域を巡り、自身の目と舌で確かめて回った。その中から食べておいしいと思えるものだけを集めたという。 例えば、地元の高松市の豆菓子専門店「筒井製菓」は、直火(じかび)製法で豆菓子を製造する1950年創業の老舗。かつての豆の名産地・香川町大野の小さなソラマメ「大野豆」を復活させるプロジェクトをきっかけに生まれたフライ豆を販売している。「素朴でおいしいものの、廃れつつあった大野豆にスポットを当てて広めているところに共感し、ぜひ取り扱いたいとお願いした」(小松部長) また、高知県四万十市西土佐にある居酒屋「台北」は、台湾出身のユエンさんが切り盛りする店。ユエンさんが手づくりし、店にも常備するラー油は、地元の「道の駅よって西土佐」でも人気を集めている。他にも、愛媛県宇和島市で育てられた果物を無添加でドライフルーツにする「げんき本舗」なども出店。今ならオンラインショップでも購入できるが、実店舗では現地まで行かないと手に入らなかったニッチな商品が数多くマルシェの棚に並ぶ。 オープン当日来店した高松市内に住む女性は「初めて見たものも多く、仕事帰りに立ち寄るのが楽しみになった」とうれしげだ。 中央の円形レジカウンターを囲むゾーンには、こうしたこだわりのものづくりを行う約50社の商品を展開。もともと四国で長く愛されてきた定番の人気商品などは、向かいのカテゴリー別ゾーンに陳列している。丸亀で高い人気を誇る手づくり豆腐の「一豆瞠(いっとうどう)」や、洋菓子店の銘菓を復活させた今治銘菓「ラムリン」など、誰もが納得の商品を投入した。 マルシェに並ぶ商品は総数約1100アイテム。定番から珍しいものまでそろえた四国土産の拠点として早くも人気を集めている。例えば、すでにラムリンは日本一の販売実績を記録。徳島県三好市のパール洋菓子店によるレモンケーキも1日260個が売れるなど、予想を上回る販売数が相次いでいるという。 ●「地域産品を陳列するだけ」ではない マルシェでは、「四国の人も知らない四国を」と「ここをゲートに多くの人が四国各地に足を伸ばす契機に」の2つを基本方針に売り場づくりに取り組んだ。「四国全域を知り尽くすJR四国グループが手がける店だからこそ、その強みを生かすべきだ。ただ単に地域産品を陳列する売り場で終わってはいけないと考えた」と語るのは、マルシェの企画監修を担当した、ものめぐり社長の北村森氏だ。 北村氏は、商品ジャーナリストとして地方の隠れた商品の発掘や、自治体、第三セクターと連携しての地域おこし業務を多数手がけてきた。本プロジェクトでも、小松部長ら全7人のチームメンバーとともに四国各地を奔走。四国の人でも滅多(めった)に出向くことのない地域まで自ら足を運び、美味を探した。 「そこまでしなければ、駅ナカの食物販ゾーンは成立しない。その過程があってこそはじめてお客さまにも驚きを届けられる」と熱く語る。 そして、マルシェの想定利用者として旅行客以上に重視したのが「地元客」の存在だ。全国各地のヒット商品に共通しているのが、地元に暮らす人が振り向く商品であること。北村氏は、「地元客がリピート買いする、実力のある商品だからこそ、旅行客からも好反応を得られる」と言う。 こうした開発への思いと独自の世界観を発信していくために、参画事業者と連携してオリジナル商品づくりにも挑戦。開発にあたっては「見逃されてきた存在に光を当てることと、四国の食材を余すところなく生かすこと」に力を注いでいる。 例えば、自然農法でおいしく安全な柑橘(かんきつ)づくりに携わってきた愛媛県西予市の無茶々園には「唯一無二の柑橘ジュースをつくってほしい」と依頼した。完成した「二日酔いの朝専用ジュース」は、あまり知られていない弓削瓢柑(ゆげひょうかん)にポンカンをブレンドしたもの。くっきりした味わいが二日酔いの朝におすすめという。 また、カツオが旬の時期になると遠方からの客が列をつくる漁港「愛南漁業協同組合」とも協業。かつては存在感が薄かったアコヤ貝柱のアヒージョと、愛南特産の高級魚であるスマを生かした缶詰をつくった。いずれも、シコク メグルのマルシェでしか手に入らないという独自性と希少性が、ストアブランドの価値向上に一役買っている。 マルシェの隣には、座席数80席のフードコートスタイルのキッチンゾーンを配置した。うどんの聖地においてラーメンで勝負する香川県三豊市の「讃岐ラーメン はまんど」をはじめ、瀬戸内産の食材を使用したタパス料理とアルコールも楽しめる「タカマツ タパス」など4店舗が出店。さらに、「チャレンジキッチン」と名づけたイートインカウンターには、四国4県の実力派料理人や職人たちが代わる代わる登場する仕掛けを施した。 例えば、全国からの熱烈なファンを有する高松の名店「寿司中川」は、毎週日曜の朝7時から、ここでしか味わえない特別な朝食として、その場でつくる納豆巻きやおにぎりを提供。開店前から長蛇の列ができるほどの大反響を呼んでいる。オープン時には、ハモを骨切りせず、すべての骨を取り去る秘技を持つ愛媛の「出汁茶漬け 網元茶屋」の主人が登場。肉厚で甘みあふれる、経験したことのないハモ料理の味に感動の声が相次いだ。 キッチンゾーンではマルシェで購入した食材やお酒を味わうことも可能だ。「そのため、マルシェからシームレスに移動できるよう垣根を低くした。昼からお酒を飲みながらゆっくり食事できるのも新たなチャレンジ」と小松部長は話す。 ●駅ナカの食物販への疑問が開発の原点に そもそも北村氏は、従来の駅ナカについて食物販のあり方に疑問を抱いていたという。「お客さまにとっては何を買えばいいのかわからない陳列で、スタッフも説明できない売り場が多すぎる。仕入れは人任せ、商品選びのアドバイスもなく、お客さまの選択に委ねてしまっている。それでは店舗の役割を果たしていない」と、憤りにも近い思いがあった。 そこで、地元客や旅行客の予想を超える逸品だけが集まる店舗を設け、消費者のインサイトを掘り起こすことにした。「顕在化したニーズにとらわれるのではなく、プロダクトアウト思考が重要」(北村氏)と判断。さらに、高松のエリア特性を考慮し、「マーケットのないところにマーケットを創出すること」にチャレンジした。 JR高松駅の1日あたりの乗車人員は、1万925人(22年度)。JR四国管内では1位だが、市内の商業中心地は、駅から徒歩15分もかかる高松丸亀町商店街周辺か、もしくは郊外のショッピングモールにあり、駅周辺は閑散とした印象だった。 その駅前が再開発によって生まれ変わる。中四国最大級となる県立体育館(あなぶきアリーナ香川)が24年度に完成予定。25年4月には徳島文理大学の香川キャンパスが移転する他、マンダリンオリエンタルホテルも建設予定で、エリアの集客力が高まることが予想されている。「これらの施設と連携しながら、ここに新しいマーケットをつくる覚悟が問われている」と北村氏は話す。 一方、人口減少により売り上げが右肩下がりにある鉄道会社は、非鉄道事業での収益増が求められている。タカマツ オルネの可能性に期待を寄せるJR四国ステーション開発の杉浦崇史社長は「サンポート高松地区の開発が進めば、駅周辺はさらに進化していくと思う。トップバッターで開業した当施設は、地域の集客の要として中心的な役割を果たし、高松が変わる原動力になりたい。ここを起点に四国全域を回ってもらえるような発信の場にしていく」と意欲を見せる。 タカマツ オルネ(北館のみ、旧COM高松除く)の入館者数は、3月22日の開業から僅か10日間で34万人を超えた。4月以降も予想を大幅に上回る1日平均2万人超で推移しているという。シコク メグルの売り上げも3月には目標比で1.6倍超と上々の滑り出しだ。 高松は四国の人気観光地と鉄道でつながっているだけではなく、瀬戸内の島々へと向かうフェリーも出航し、観光資源に恵まれている。四国全域のゲートという立地の利点を生かし、いかに事業者と連携して集客し続けられるか、注目だ。
橋長 初代