希望につながる認知症の告知
◇予防偏重への警鐘
院長は「患者」という言葉を使わない。「患者」ではなく「人」なのだ。加えて言えば、白衣は着用せず、私服で診察に臨む。院長は続ける。 「『認知症予防』という言葉も声高に叫ばれています。でも、脳トレ、ぼけ予防の食事・運動・サプリなど、予防効果が証明されたものはありません。そればかりか、予防偏重の社会は、認知症になった人の排除を招くような気がしています。多くの人が認知症になる時代です。軽度認知障害と呼ばれる人を入れると、国内に1000万人がいるといわれています。認知症になっても、より良く生きることができる社会を皆さんと一緒に何とかつくっていきたいと私は考えています」
◇神経心理検査の説明
続いて、院長は神経心理検査の結果を伝えた。このクリニックでは、改定長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)とMMSE(Mini Mental State Examination)の二つの方法で検査を行う。どちらも認知症を疑わせる点数だという。 「この点数は、海馬が痩せて新しいことを覚えづらくなっているわけですから、致し方ない面があります。また、検査の結果は診断のヒントでしかありませんので、深く考える必要はありません」
◇診断名の告知
初診時に、「小さな人が見える」という幻視の説明を本人は、院長にしている。その症状を院長は再度確認したあと、診断名を告げた。 「アルツハイマー型認知症です。レビー小体型認知症もあるようです」 本人は、告知を静かに聞いていた。 その後、診断の根拠を説明に移った。一時止まっていたメモを復活させ、本人は食い入るように院長の説明を聴いた。
◇治療方針の説明
院長は、認知症の進行曲線が描かれたボードを示しながら、治療方針の説明を行った。 認知症は薬を飲んでも進むという事実を明確に押さえた上で、院長はボードの曲線をなぞりながら、薬を飲めば飲まない場合に比べて進み方を遅らせることができることを説明した。また、服薬により、意識レベルの低下を改善する効果が見込めるので、幻視が減る可能性が高いことを付け加えた。 認知症の診断・告知に関しては、「早期診断早期絶望」という言葉がある。しかし、この場で行われた告知は、「絶望」を申し渡すものではなく、「希望」を与えるものだったと筆者は感じた。(了) 佐賀由彦(さが・よしひこ) 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。