希望につながる認知症の告知
◇本人の背筋が伸びた
丁寧な挨拶の後、院長は切り出した。 「きょうは、私がどのようにして本日の診断に至ったのかを筋道を立てて、ご納得いただけるように話そうと思います。また、診断の結果が何を意味するのかについても、説明できればと考えています」 本人の背筋がぴんと伸びた。 それを見て、院長は折り目正しい言葉遣いで血液検査の結果に異常はなかったことを告げた。続けてMRIの画像をパソコンに映しながら説明を始めた。うっすらと残る脳梗塞の痕などに触れ、説明は核心部へと入っていく。
◇海馬の説明
「ここに見えるこの部分を海馬といい、新しいことを覚えるなどの働きがあります。この海馬が少し痩せているように見えます」 本人は、真剣な表情でメモを取りながら聞いている。といっても、メモの文字は、ミミズのようにのたうち回っているのだが、本人からは「一言も聞き逃さないぞ」という姿勢が伝わってくる。 「海馬が痩せると、新しいことを覚えるのが苦手になります。心当たりはありますか?」 「はい、昔のようにはいかないですね。なかなか覚えられません」 「昔は、大変勉強されたんでしょうねえ」 「それしか取りえがありませんから」 ◇誤解の是正と希望の提示 本人は続けた。 「今は物忘れが多くなり、ばかになりました」 「いえ、それは違いますよ」 院長は、きっぱりと否定する。 「物忘れが多くなったのではありません。新しいことを覚えるのが苦手になっただけなのです。ましてや、ばかになったわけではありませんし、これから先、ばかになることはありません」 本人の顔が「なるほど」と少し緩む。 「世間では、認知症に対する間違った常識がまん延しています。『認知症になったらおしまい』などと、やたらに恐怖をあおり立てる風潮もあります。でも、決しておしまいではありません。認知症になっても心豊かに暮らしている人を私は何人も知っています」