「居心地の良いアウェー感」 ユーチューバーみあさんが海外を旅する理由
画数が多い繁体字の漢字が並ぶ看板、発酵させた豆腐のにおい、初めてかじりつく果物の味。雑踏の中、自分にスマートフォンのカメラを向けながら感じたままを言葉にする。 【写真】みあさんのユーチューブチャンネルの動画。台湾の夜市の様子を紹介している 昨年4月、ユーチューバーみあさん(24)=佐賀県出身、福岡県在住=は念願だった台湾を旅した。4年前に立てた計画。新型コロナウイルス禍を経て、ようやく実行できた。 現地はもう夏。リュックサックを背負って汗だく。化粧が落ちたって気にしない。違う世界に溶け込んでいるような感覚が、とにかく好きだ。 「開放感というか、居心地の良いアウェー感というか。ああ私、生きているなあって思える」 記念写真を整理するように、3日分の動画を編集して公開した。約5万円で味わった非日常。寄せられる台湾人からのコメントがうれしい。ただ、この楽しさを分かち合える友人は周囲にいない。「みんな海外に興味なさそう。せっかく日本のパスポートは多くの国や地域に行けるのに」 † † 「内向き志向」の世代と言われてきた中で、自分は「意識高い系」だったのかもしれない。 18歳まで佐賀県内で過ごした。中学生のころ、日本人初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんを知り、海外に興味を持った。卒業時、将来の夢を発表するビデオメッセージで「世界6大陸を制覇する」と宣言した。高校生で鳥栖市の交流事業に参加、友好交流都市のドイツ中部ツァイツ市で2週間、文化の違いや戦争の歴史を学んだ。 「価値観を変えたいとか、海外で暮らしたいとかじゃない。もっとリアルな世界を見たくなった」 ただ、大学に進んでつまずいた。学費を工面するためにアルバイトで無理をして心身のバランスを崩し、うつ病に。大学は中退。寝て過ごす日々が続いた。 気が付けば21歳。ぎりぎり食いつなぐ「どん底の生活」で、命の危機も頭をよぎった。そんな時、高校時代に将来の自分に宛てた手紙が出てきた。「ばりばり働いていますか? 夢の海外旅行にはいっぱい行けてる?」。現実とのギャップに涙があふれた。 「『生きていてよかった』と思えるような景色を見に行かないと」。再び心に火が付いた。 † † 小田実の「何でも見てやろう」、沢木耕太郎の「深夜特急」など、時代ごとに若者の心をかき立ててきた旅のバイブルは今、動画サイトの中にある。おすすめの場所や食べ物はもちろん、自らの危険な体験も発信し、その収益で旅を続けるつわものもいる。 昨年、ユーチューブに自身の海外旅行専門チャンネル「みあが旅をするだけ」を立ち上げた。コンセプトは「1日4時間労働のフリーランス」「貧乏に希望を与える海外旅をお届け」。思い立ったらいつでも旅に行けるよう、学んだEC(電子商取引)事業で独立し、旅の資金にあてる。まだ、自身のチャンネルの視聴回数は多くて3万回だが、旅の荷物も費用も公開し、バックパッカー初心者に向けて海外に身を置く面白さを伝える。 過去の自分のようにグローバルな活動に憧れる人もいれば、経済的事情で外に目をやる余裕がない人もいる。世代なんて一言でくくれないと思う。 「お金がない、時間がない、ではもったいない。だから私は旅に出る」 コロナの次は円安という大敵が立ちはだかる中、綿密に旅の計画を練っている。3月は中央アジアのウズベキスタンとカザフスタン、タジキスタンを6日間かけて回った。費用は10万円に抑え、初めてのイスラム圏でエキゾチックな世界を堪能した。みあさんの旅は始まったばかりだ。 (竹中謙輔) ■■■パスポート発行60年 変わる若者の旅意識■■■ 海外渡航が自由化されたのは1964年4月。パスポート(観光目的)の発行開始によって海外が身近になり、若者も多くが外国を目指した。それから60年。時代の影響を受けながら若者の「旅」への意識も変わっているようだ。 法務省の統計から20代の出国者数を調べると、1996年がピークの約463万人。その後は景気低迷の影響で減少が続き、若者の“海外離れ”が指摘されるように。2015年にはピーク時の半分近い約254万人まで落ち込んだ。 翌年から反転し、19年には約380万人まで回復したが、コロナ禍や円安で再び落ち込んでいるのが現状。東京の若者マーケティング研究機関「SHIBUYA109 lab.(ラボ)」による23年の意識調査では、海外に行かない理由は「経済的に厳しい」との回答が最多で、景気に大きく左右されると分析する。 JTB総合研究所の黒須宏志フェローは「今は様子見が続いている」と指摘した上で、90年代中盤以降に生まれた「Z世代」の動向に注目する。「彼らは観光地巡りではなく、『こんなすてきな家で海外の人はどんな日常を送っているのか』と同じ目線で共感したがっている。『旅行』というより、自身の学びや体験に投資する『旅』といった要素を取り戻すのでは」と予想する。