東京・渋谷の複合施設に「動物園レストラン」…野生動物の環境無視した人間優先エンタメに疑問【杉本さんコラム】
野生動物を見たり、ふれあえることを売りにした動物カフェが、近年ますます増えている。そして先月、耳を疑う情報が入ってきた。渋谷駅の南側の桜丘地区に、オフィス、住宅、商業施設などを完備した複合施設「渋谷サクラステージ」が完成したばかりだが、そこに「動物園」ができるというのだ。 しかも、野生動物を見ながら食事ができる店舗だという。動物園で見るようなエキゾチックアニマルを展示して、創作イタリアンやビストロ料理を提供すると謳っている。事業を始めようとしているのは、動物系インフルエンサーと料理系インフルエンサーの調理師で構成されたチームだ。SNSの総フォロワー数は20万人を超えているという。 資金調達のため6月上旬に開始したクラウドファンディングは、目標金額を2千万円としていたが、なぜか数週間で閉じている。しかしオープンをやめたわけではないようだ。クラウドファンディングでは、まず第一弾として300万円を目標とし、それを達成すると、「動物達の1年分のご飯代に充てさせていただきます」と書いてあり最初から事業の不安定さを感じる。また、資金調達の成功金額によって動物を展示する環境が変わるという。 1千万円を達成すると、犬連れで来る人向けの設備の充実、そして展示動物のケージ内のレイアウト(例えば、ナマケモノに木を、ビントロングに立体的な空間の設置)などを整えることができる。2千万円を達成すると、動物と人間が双方快適な環境を整え、動物たちをより近くで感じられるよう設計することが可能だと。とにかく言っていることも計画も無茶苦茶だった。熱帯林の樹上で生活するナマケモノの飼育環境に木があるのは当然だし、ビントロングが上下運動できる立体的な空間も最低限必要だ。それなのに、飼育環境の充実が資金調達の成功に左右されるというのだ。 そもそも個々の動物にとって快適な環境は何なのか、専門的知識を持って再現しなければ、動物という感受性のある生き物にとって苦痛で不快でしかない。それを無視したやり方は、動物を扱う自覚と責任が著しく欠如している。 また、お店の動物たちはみんな雄雌のつがいとなるようで、「渋谷の新たな『縁結びスポット』『恋愛成就スポット』 として愛の溢れる空間にしたい」と謳っていた。さらには、「ベビーが生まれたときには、お客様と一緒に赤ちゃんの誕生を喜び、可愛さを分かち合いたい」と。要するに自家繁殖させるということだ。繁殖させた野生動物を、安易に販売するのではないかと危惧する。 また、クラウドファンディングの返礼品として、ピントロングが出産した時のへその緒を贈るとも書いてあった。それには後述する動物愛護議連の関係者達もいちように眉をひそめ嫌悪感を露わにした。しかし、世の中には珍しい生き物やその副産物を欲しがる人が一定数いるのだろう。だがこの店舗について、SNS上には当然というべき批判の声が上がっている。クラウドファンディングの断念は、これらの声が影響してのことなのかはわからないが、その声はこうだ。 「このような施設でも“動物園”と名乗れてしまう。それはとても問題だと思う。クラウドファンディングページ内には、動物を思いやる言葉(福祉や保全など)は一つも見つからない。癒し、わくわく、など人間が楽しむことばかり」 「理解不能。こんなのがまかり通る限り日本の動物問題は発展途上としか言いようがない」 「絶対に支援してはいけない。本来動物がいるべき環境とは程遠い」 「動物の扱いも非常に不安。“飼育のプロがいます”でもなく“生育環境を整えます”でもなく、ひたすらインフルエンサーとSNS映えをアピール。こんな人達が動物をどう扱うか、推して知るべしだと思わない?」 「渋谷のレストラン、おぞましすぎる。たった77坪のスペースでどうやって動物の完全な飼育環境を整えるの…しかもそこに厨房・客席・倉庫を詰め込む気か…?」 このように至極真っ当な声が上がる一方で、この事業者と同じように、動物をただの見せ物や慰みものとして利用することに、何の違和感も罪悪感もない動物好きがいることも確かなのだ。では何故、こんな倫理観のない事業が各所で許可されてしまうのか。 それは、野生動物をペットとして利用することに関して、日本の法律が未整備であるためだ。野生動物は犬や猫と違い、街中の施設の中でストレスなく生きることは困難である。野生動物が、個々の動物らしく生きることのできる本来の環境を再現するのはとても難しい。それなのに、カフェやレストランの空間に閉じ込め、客に触らせたり、至近距離で見せたり、動物にとって不快な環境の中、本来の行動欲求を制限し展示するというのは、動物福祉を完全に無視している。人が楽しむためだけの目的で作られた動物カフェは、人にとっては癒しであっても、動物にとっては苦痛で不幸でしかない。 日本獣医生命科学大学の田中特任教授によると、動物カフェは、全国におよそ1,000軒あるとのことだが、そのうち野生動物を展示するカフェは、200店舗ほどだという。しかし、未登録事業者もいるため実際の数はわからない。動物カフェは、猫カフェ、犬カフェだけでなく、ウサギ、ヤギ、フクロウ、ハリネズミなど、およそ80種類の野生動物が利用されている。では、野生動物カフェの何が問題なのか、まず、各種動物の生理習性・生態、適正な飼養環境、給水や給餌についての理解、また、行動、繁殖、ストレス、疾患についての理解がないまま飼養されていること。そして、ふれあいでもっとも懸念されるのが、「人獣共通感染症」について理解されていないことなのだ。公衆衛生と動物福祉の観点から大問題である。 このように、さまざまな観点から問題があり、リスクを伴う動物カフェは、恥ずかしながら日本独自の文化だ。そのため、自国では触ることのできない動物が触れるということで、問題とリスクを知ってか知らずか、珍しさから利用する外国人観光客も多く、それをターゲットにしている事業者もいる。 しかし、野生動物の利用に対して、問題視している海外の人は多いのだ。先日も、このような動物カフェを虐待だと問題視するドイツのテレビ局から、日本に乱立する野生動物カフェについてどう思うか?という取材を受けた。本当に恥ずかしいことだ。しかし日本のメディアにおいては、動物カフェを楽しいテーマパークのように肯定的に捉えている。その証拠に、テレビなどの企画で、タレントが珍しい動物がいるカフェを訪ねて、触れあって喜ぶ姿を放映するなど、動物カフェに対する問題意識をまるで持っていないのだ。 来年、動物愛護管理法の改正があり、現在超党派議連の会議が重ねられているが、先日、野生動物の利用がテーマとして上げられ、そこでも前述の野生動物を見ながら食事ができるレストランについて、国会議員や環境省を前に他の団体が問題視した。野生動物を使ったビジネスがいとも簡単に次々と始められてしまうことに、場内は危機感に包まれ会議が終わっても1時間以上あちこちで関係者同士の論議が続けられた。そのくらい野生動物のペット化やふれあい利用は、動物福祉、感染症対策、自然保護のさまざまな観点から、問題で制限されるべきなのだ。 犬や猫などのペットと違い、もし事業者が飼育継続できなくなった時、その野生動物の受け皿は無いに等しいし保護先の確保に時間がかかる。また災害時の逸走のことも考えなければならない。野生動物の利用は、さまざまな問題をはらんでいる。 諸外国はそれらに対する問題意識を持って、その利用を制限するため法規制している。たとえばアジアでも、韓国はアニマルカフェにおける野生動物の展示やふれあいは禁止だ。しかし、日本は野生動物消費大国、動物福祉の水準が低い国だと認知されている。非常に不名誉なことだ。そもそもこうなった背景には、前述したように法律の未整備があり、規制や基準がないため無法地帯だからだ。まず、動物園とは何なのか、その定義を明確に示すべきだろう。動物園や水族館は、命の大切さ、動物本来の姿を学ぶ機会や情報を提供するところ。種の保全にも寄与することが期待される。 しかし現状は、個々の動物の「5つの自由」がまるで守られてないカタチだけの動物園であったり、ただの「おさわり」を楽しむ娯楽施設だったり、そういう場所が簡単に動物園として営業できてしまうのだ。そして野生動物カフェにおいても、その実態は、劣悪な飼育環境で動物福祉は守られず死体が放置されていることもある動物虐待の現状もあるのだ。ふれあいの実態とは、動物と人の双方に危険な行為に他ならない。アニマルカフェで、正しいことは何一つ学べない。そのことから、野生動物に関する誤った認識を助長し、野生動物を安易にペットにしてしまうことを喚起しているようなものだ。 これ以上、苦しむ野生動物を増やしてはいけないし、リスクを広げてはいけない。これらの実態を知れば、多くの方は当たり前に野生動物カフェに問題意識を持ってくださるはず。野生動物利用の制限や禁止は、次期法改正で目指すべき重要事項の一つなのだ。(Eva代表理事 杉本彩) × × × 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。