〈球団新記録〉228セーブのロッテ・益田直也に『幕張の防波堤』小林雅英が伝えたこと「俺の記録を抜いてからにしろ、と言ってきたけれど…」
「オッシャー!」。幕張の夜空に向かって吠えた。 6月26日のイーグルス戦で3点リードの9回に登板したマリーンズの益田直也投手は、三者凡退で試合を締め、今季10セーブ目を記録した。これで6年連続2桁セーブに到達、そして通算228セーブ目。これはOBの小林雅英氏が記録した227セーブを抜き、球団新記録となったことを意味していた。 【フォト】『幕張の防波堤』小林雅英に里崎智也が抱きついて…15年前の日本一の瞬間を振り返る。噂の澤村拓一&吉井監督のゴリゴリ早朝筋トレ写真も合わせてチェック
「まだまだこれから」
「小林雅英さんにはコーチの時に『俺の記録を抜いてから偉そうなことは言え』と言われてきた。そういう意味ではこの数字に到達して、嬉しいなあという思いはありますが、まだまだこれからだと思います。頑張ります」 試合後、ロッカーに戻った益田は大粒の汗を拭いながら、しみじみと語った。 記録を抜かれた小林雅英氏は、そのニュースを栃木県小山市内の自宅で知った。現在は栃木県を本拠地にする社会人野球チームのエイジェックの投手コーチとして都市対抗野球での優勝を目指し、指導を行う日々を送っている。古巣マリーンズの試合は観戦する時間はなかなかないが、ネットで必ず試合結果はチェックしている。この日もニュースを見て、ついに後輩が記録を抜いたことを知り、ニヤリと笑った。
小林氏が語る益田の快挙
「いつも、そうやってハッパをかけていたからね。なにかあるたびに『まずは俺の記録を抜いてからにしてくれ』と話をしていた。そういう意味では感慨深いものがあるよね。記録は抜かれるものだから。おめでとうと言ってあげたい」 後輩の快挙を喜び、さらにこう続けた。 「ただ、セーブは自分だけで出来るものではない。先発投手と中継ぎ投手が必死に繋いで打線も打ってくれて、リードしているシチュエーションを作ってくれている。最後に首脳陣が自分を指名してくれて、マウンドに向かって、そこで抑えてこそ成り立つ。だから周りに感謝して欲しい」 そして豪快に笑った。 「まあ、俺は9年間でその数字になったけどね。益田は13年間かあ」
マリーンズでの「最後のセーブ」
ちなみに小林雅英氏がマリーンズで227セーブ目を挙げたのは2007年10月5日、ZOZOマリンスタジアムでの18時16分開始のナイトゲームだった。相手は益田の登板時と同じくイーグルス。1対0のゲームの最後を打者3人で締めくくり27セーブ目を挙げた。先発したのは小野晋吾(現一軍投手コーチ)で7勝目。決勝点は3回にレフト前にタイムリーを放ったベニー・アグバヤニ外野手だった。 この年のシーズンオフ、小林雅英氏はメジャー挑戦を決め、クリーブランド・インディアンス(現ガーディアンズ)に移籍することになる。これはマリーンズで記録した最後のセーブとなった。 益田はヒーローインタビューで「ここまで自分が成功した記憶より失敗した記憶の方がすごく頭に残っている」と口にした。抑えというポジションの過酷さを物語る言葉だった。メディアは、抑えて当たり前、打たれると悲劇としてクローズアップすることが多い。すべての人の想いと共にチームの勝利を背負って最後を投げる重圧は計り知れない。
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