愛知・42歳女性”コロナワクチン接種後死亡事故” 調査委員長に出された不可解な「解任要望書」
’22年11月5日、愛知県愛西市で新型コロナワクチン接種直後に体調が急変し、42歳の元看護師の女性が死亡した。この事例について同年12月から急死に至るプロセスの検証や評価、再発防止を目的に、愛西市が主体となって外部の有識者らによる「医療事故調査委員会」(以下、調査委員会)が結成され、定期的に会合を開催。昨年9月26日、同委員会が検証結果を発表した。 耳や鼻から血があふれ出し…「コロナワクチン接種で妻が急死」遺族が語る「不可解な食い違い」 その調査委員会委員長が5月に東京都保険医協会から「解任動議」を出されていたことが判明。「(調査委員会委員長の)長尾能雅氏の四つの役職における解任要望書」なる文書が医療ガバナンス学会発行のメルマガを通して配信されている。 名古屋大学医学部附属病院(以下名大病院)副病院長の長尾能雅氏(55)は患者安全推進部部長。「医療安全」のパイオニアとして全国的に知られており、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)で紹介されたこともある。 一方、東京都保険医協会は東京都で開業する保険医6000人以上が加入する「保険医の生活と権利を守り、国民の健康と医療の向上をはかる」ことを目的に設立されている。長尾氏は筆者の取材にこう明かす。 「私としては当時の経緯を説明し、本学(名古屋大学)の判断を待つことになると思っております。私が独断で違法行為を行っている、という指摘は当たっていないと考えます。指摘されていることが本当に違法行為であるとするならば、(計10回行われた)調査会のたびに行った会見を含めて、その判断の大半は愛西市の責任で行われていたことであり、愛西市も違法性を問われる、ということかと思います。 市民・社会への説明責任において、行政が熟慮し、善処しようとしたことは、当然の責務であったと感じております。特に、(昨年9月26日の)最終調査結果の説明に当たり、市役所に医学的説明ができる人材がいないとなった際に、市の会見に全調査委員を立ち会わせ、まずは説明会を行い、その後、市長が単独で会見する、といったプランを立てたのは市として熟慮の末であり、工夫であったと感じています」 事故調査報告書は全77ページにも及ぶ詳細なもので、女性が死亡に至った経緯の多角的な検証、生命を助けることができなかったのはなぜか等を明らかにした上で、再発防止策を提言している。 愛西市の市長も「専門家による第三者の視点での検証が必要である」と考え、医療法に基づいて医療事故調査委員会を設置。「今回の報告書の内容を真摯に受け止め、接種を希望される方が安心・安全にワクチンを接種できるよう、より望ましい接種体制の構築と再発防止へとつなげてまいります」とコメントしている。また、妻が急死した夫の飯岡英治氏もFRIDAYデジタルの取材に対し、「僕はワクチンがだめだと思っているわけではなくて、安全に接種できる環境をきちんと整備した上で、接種を行っていかないといけないと思っています。妻が亡くなったことがきっかけとなって安全な環境が守られるのであれば、報告書の内容を公開して役立ててほしいんです」と語っていた。 では東京都保険医協会は一体何を問題視したのか。18ページに及ぶ要望書の内容をまとめるとこうなる。 ① 医療事故調査制度は、「説明責任を目的としたシステム」ではなく、「学習を目的としたシステム」であり、責任追及を目的とせず、医療者が特定されないように非識別化しなくてはならない。 ② 「記者会見」は、メディア等に大々的に事案を報告することで、当該医療従事者個人の識別が容易になり、個人情報の保護を侵す蓋然性が高く違法である。 ③医療事故に関連した医療従事者の人権・個人情報が毀損され、「立ち去り型サボタージュ」による医療崩壊の再来を招く。 ④長尾氏は「早期にアドレナリンを投与するなど適切な治療がなされていれば救命できた可能性を否定できない」と医学的評価を記者会見で公表してしまった。 ⑤報道によれば、遺族側が民事訴訟を提訴し、刑事事件として告訴される事態となった。これは医療事故調査制度では全く想定されていなかった事態であり、「学習を目的としたシステム」の本制度の根幹を揺るがす。 以上の5項目により、長尾氏の記者会見は法令違反だ、という主張だ。 ③に書かれている、「立ち去り型サボタージュ」とは「医療現場において医師が病院や診療所を辞めてしまう現象」のことを指す。この問題は、日本の医療制度において深刻な課題となっており、医療崩壊の一因とされている。医療崩壊は、医療提供体制が安定的・継続的に成り立たなくなる状態を指す。 東京都保険医協会は、①②④で主張しているように、調査委員会が「早期にアドレナリンを投与するなど適切な治療がなされていれば救命できた可能性を否定できない」と調査結果を公表したことにより、当該医師に対する誹謗中傷が激化している旨を解任要望書に記しており、このことを重く見て、長尾氏の解任要望に踏み切ったと思われる。 しかし、愛西市が作成した「事例調査報告書」の中には、調査委員会設置の趣旨として〈設置主体の愛西市には、事故調査に必要な医学的、その他必要な専門的知見を有した者がいなかったことから、調査委員全員を外部の委員で構成し、専門的な観点はもとより、客観的かつ中立的な観点からの調査・提言を行った〉とある。 長尾氏はあくまでも市から選ばれた委員のひとりで、委員長は委員6人の互選で指名された。調査委員会後の記者会見の仕切り、遺族がどこで会見内容を聞けるか、という細かい仕切りも愛西市主導で行ってきており、東京都保険医協会が長尾氏の責任を追及するのであれば、同様に愛西市にも抗議書のようなものが出されていなければならないが、愛西市に質問したところ「記者会見を開いたことに対する抗議等については、他団体を含めありません」との回答だった。 さらに東京保険医協会は⑤のように、「遺族側が民事訴訟を提訴し、刑事事件として告訴される事態となった」と述べているが、FRIDAYデジタルが改めて遺族や関係者に取材したところ、遺族が提訴したのは愛西市であって医療者ではなかった。さらに、遺族は現時点で刑事告訴はしておらず、要望書には事実誤認がある。したがって⑤にあるように「これは医療事故調査制度では全く想定されていなかった事態であり、本制度の根幹を揺るがす」ことにはならないだろう。 事実調査が十分とは言えない東京都保険医協会が、長尾氏に対して4つもの役職解任という厳しい処分を科すよう求める要望書を出した背景には、医療事故を公表することによって医療従事者が受けるダメージの大きさがあると考えられる。 その原点は’04年12月17日に起きた「大野病院事件」だ。福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡し、手術を執刀した同院産婦人科の医師が業務上過失致死罪と医師法に定める異状死の届出義務違反の疑いで逮捕された。’08年、福島地方裁判所は当該医師を無罪と判断したが、この事件以降、訴訟リスクの高い産婦人科等の医院の閉院が相次いだほか、それらの診療科を志す若手が減少し、医師の偏在を招き、医療崩壊に拍車がかかったといわれている。また、医療事故をメディアが大きく取り上げたことによって医療への不信感が喚起され、医療事故に対する社会的注目度が高まり、「医療訴訟を増大させる要因になった」と訴える声もある。 一方、長尾氏は常に「逃げない、隠さない、ごまかさない」スタンスを貫いてきた。京都大学医学部附属病院から名古屋大学医学部附属病院の教授に就任した初年度だけでも「大動脈損傷の出血性ショックにより死亡に至った事例」、「ロボット支援手術システム『ダ・ヴィンチ』を用いたロボット支援腹腔鏡下幽門側胃切除を受け、術後5日目に死亡した事例」など5件の死亡事故について外部の専門家を交えた医療事故調査委員会を開き、報告結果を記者会見で公表した。 その理由を長尾氏は 「医療事故を想定した改善の仕組みを整えたり、透明性を確保したりすることは病院が本来備えておくべき基本的な事柄。だからこそ、正確な事実に基づいて患者さんや社会に対してきちんと説明する責任がある(医療安全推進者ネットワークより)」 と説いている。 実はこうした姿勢は、世界における医療安全のスタンダードな基準になっている。その証拠に、名大病院は’19年、日本の国立大学病院では初めて、世界で最も難易度の高い認証機関として知られているJCI(国際医療施設評価認証機関)の認証を受けた。”国際的な医療の質、患者安全の基準を満たした病院”として認められたのである。 ちなみに、愛西市は長尾氏に対し、こう明かしているという。 「(事故調査委員会の発表後)地域の医師会に対し、再発防止策の徹底を定期的に働きかけたそうで、ずいぶん改善が進み、長尾先生を含めた調査委員会には感謝の言葉しかない」 医療事故が起きたときに、”犯人探し”を助長するような公表の仕方や報道の仕方には配慮が必要だが、調査結果が明らかになることによって改善が進むのであれば、“隠蔽”せずに公表したほうがいいのではないだろうか。 取材・文:木原洋美
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