選挙演説を妨害、出版や講演の中止を求める…振りかざされる「正義」に正面から向き合う書(レビュー)
自分勝手な「正義」が横行するのが現代だ。大音量で他人の選挙演説を邪魔し、あるいは書籍の出版や講演会などの中止を求める行為をしばしば目撃する。妨害する側は自分たちが納得する「正義」を振りかざしている。この時代に、玉手慎太郎『ジョン・ロールズ』は、お互いの多様性を認めながら社会をまとめる正義とは、どのようなものなのか、真剣に向かい合う機会を読者に与えてくれる。 本書は、ロールズの世界的名著『正義論』の入門書としてまず優れている。さまざまな多様性をいったんカッコに入れて、誰もが受け入れることが可能な状態(原初状態)を設定することで、ロールズは正義の議論を始める。正義の具体的な中身よりも、社会の構成員みんなが納得できる正義を求めるための公正な手続きを明らかにしたことが彼の独創である。これを「公正としての正義」という。 今日の社会問題をめぐる議論では、相手にそもそもフェアな立場での発言を認めないことが多い。闇雲に正義を振りかざすのではなく、まず議論のための共通の土台をつくることが重要だ。この「公正としての正義」に立脚して、ロールズは合理的な人間であれば納得できる正義の原理を提示する。特に社会の中で最も恵まれない人たちの状況を改善することが重要な原理のひとつだ。それぞれが他人を利用することなく、また利用されることがないよう努めること。ロールズを理解することは混迷する社会を生き抜くひとつの道だ。 [レビュアー]田中秀臣(上武大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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