このために戻ってきた 帰郷後に地震 復興マルシェ、奔走する30歳
太鼓をたたき、手作りアートに挑戦する子どもを見守りながら、大人はコーヒーやお菓子を手に談笑する。仮設住宅の集会所に、明るく穏やかな時間がゆったりと流れる。小町史華さん(30)は「イメージしていたことが現実になった」と目を細めた。 【写真】小町史華さん(前列中央)=2024年5月26日、石川県珠洲市、藤谷和広撮影 能登半島地震で大きな被害があった石川県珠洲市正院町出身。まだがれきが多く残る町内の仮設住宅で5月、「心の復興マルシェ」を開いた。 マルシェはフランス語で「市場」を意味する。人が集まるきっかけをつくり、コミュニティーを取り戻したいと思い、企画。イベント開催のノウハウはゼロだったが、持ち前の行動力で人をつなぎ、出店や協賛を募った。当日は晴天にも恵まれ、約150人が訪れた。 故郷を離れた経験が糧になっている。 高校から始めたウエイトリフティングで全国8位になり、スポーツ推薦で早稲田大に進学。卒業後は、衣料品会社の営業職を経て教育、美容、飲食など多様な業界で働き、事業を立ち上げたこともあった。自分のやりたいことを見つけ、成長し、成功したかった。 昨秋、体調を崩し、やむなく故郷に戻った。「まだ東京の人だと思っていた。誰にも知られたくなかった」。それでも、家族や友人は「おかえり」と再会を喜び、これまでと同じように接してくれた。肩ひじ張っていた自分が、ほぐれていくような感覚だった。 そんな矢先に襲った地震。公民館長の父・康夫さん(70)を中心に、家族総出で避難所運営を担った。「このために呼び戻されたんだ」と思った。 大好きな歌でまちの現状を発信しようと、めいの一嘉さん(13)と音楽ユニット「のとのおと」を始めた。崩れた家屋の前でも、いきいきと、伸びやかに、ハーモニーを響かせる。インスタグラムに投稿した動画には、応援のコメントが相次いで寄せられている。 次回のマルシェは9月に開催が決まった。県内の特別支援学校で教える傍ら、準備を進める。「次は何ができるか、ワクワクが止まりません」(藤谷和広)
朝日新聞社