食虫植物ウツボカズラ、自然の法則を覆す恐るべき「死の罠」とは、驚きの発見も続々
獲物を誘い、捕らえ、消化する肉食植物の巧みな進化がすごすぎる
肉食の植物は、昔から人々の想像力をかき立ててきた。たとえば『アダムス・ファミリー』や『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』といったカルト的な映像作品には、肉を食らうモンスター植物が登場する。だが現実の食虫植物も、あれほど血に飢えてこそいないものの、負けず劣らず魅力的だ。 ギャラリー:食虫植物ウツボカズラの恐るべき「死の罠」 写真11点 一般に、植物は食物連鎖の最下層にいると考えられている。しかし、獲物を誘い、捕らえ、消化できる食虫植物は、「動物を食べるという驚くべき能力によって、自然の法則を覆す」存在だと、フランス国立科学研究センターの科学者ロランス・ゴーム氏は言う 食虫植物の中でも最大級のグループを形成しているのが、ウツボカズラのような袋状の葉をもつ仲間だ。ウツボカズラとそのほかの食虫植物(ハエトリグサ、モウセンゴケ、タヌキモなど)との明らかな違いは、落とし穴のような罠(わな)にある。数枚の葉が折り重なって深い空洞のある罠をつくり、内部は昆虫など小動物の消化を助ける液体で満たされている。
肉食はとても効果的な戦略
こうした「複雑な葉」を作るために、ウツボカズラは「多くの代謝資源」を費やしていると、米カリフォルニア州にあるシエラカレッジの宇宙生物学者で植物学者のバリー・ライス氏は言う。ウツボカズラがあえてそれをやるのは、雨の多い山頂、湿地、ミネラルが溶け出した砂岩といった厳しい環境で生き延びるためだ。栄養分が乏しい土壌で育つ彼らは、動物性の食物から不足しがちな窒素を吸収している。 肉食はとても効果的な戦略であるため、互いに関係のない種の植物において、何度も独自に進化してきたのだと、ライス氏は言う。「食虫植物は見事な収斂(しゅうれん)進化の例なのです」
死の罠の巧みなしくみ
どのように進化してきたかにかかわらず、すべてのウツボカズラは「重力に基づいたほぼ同じような種類の捕獲メカニズム」を採用していると、オーストラリア、ビクトリア州王立植物園の植物学者アラステア・ロビンソン氏は言う。 最初のステップは袋状の罠に獲物をおびき寄せることだ。そのために、大半の種は甘い蜜や鮮やかな色を利用する。香りの種類によって、捕らえられる獲物のタイプは異なる。ウツボカズラに似た袋状の罠をもつサラセニアについて、ゴーム氏らが2023年4 月に学術誌「PLOS ONE」に発表した論文によると、花のような香りを放つ種は、ミツバチやガを多く捕獲するのに対して、脂肪酸の匂いを放つものはハエやアリをより多く捕らえるという。 袋の縁に乗ってしまえば、虫たちがそこから逃れることはまずできない。袋の縁は非常に滑りやすく、その多くが「テフロン加工のフライパンのコーティング」に似たワックスの結晶の層でできている。また、種によっては表面が「濡れやすい」性質を持っており、虫をそのまま袋の中に滑り落とすものもある。これは、車が濡れた路面で滑るようなものだと、英エクセター大学で植物の運動メカニズムを研究するウルリケ・バウアー氏は言う。 袋の中には、獲物が逃げ出すのを防ぐ仕掛けが二つある。一つは袋の内壁を覆う下向きに生えた毛。もう一つは液体が溜まったプールだ。スライムのような粘弾性をもつこともあるこの液体は、酵素や微生物を含んでおり、獲物を消化する死の沼だ。 ボルネオの山に生えるウツボカズラの仲間には、進化によって肉食を捨て、特殊な適応を遂げたものもある。昆虫の代わりに、自分たちの袋の上にまたがってその脂肪に富む分泌物を食べるツパイの排泄物を集めるのだ。 「高地へ行くほど昆虫が減るため、ツパイの排泄物を代替的な栄養源としているのです」とロビンソン氏は言う。氏は2022年、動物の排泄物を活用しているこれらのウツボカズラが、低地に生えているものの2倍の窒素を獲得していることを証明した。