感染者の増減だけを伝えることに疑問を持っていた――日テレ・藤井貴彦の「仕事」
「メモに、自身のコメントを足していきました。その日のVTRに合う励ましの言葉は?と考えながら、当日の台本を見ます。スタッフも、できれば私のコメントに合うインサート映像を流したいと、急ピッチで素材をかき集めてくれて、でき上がるのは本当に3分前というところですね」 ステイホームがスタンダードとされた1回目の緊急事態宣言下と、経済活動もストップしない2回目の緊急事態宣言下では、街の様相も異なる。明らかに人出が増している現状を眺めながら、どんなメッセージを考えているのか。 「私はこれまで“自粛してください”と言ったことは一度もないんです。新型コロナウイルス感染防止対策としては、マスクをして、距離を取り、手洗いをする。これが一番だと思っていましたので。その3カ条に引っかかるどれかをするのはやめてください、というふうにお伝えしていました。もちろん自粛は大切ですが、私までそう言うことで、息苦しくなってしまう人もいるでしょう。ここだけ守れば感染しない、させないんですよ、と伝えることだけを自分の仕事として考えました」 藤井は、自分のメッセージは番組を見ている人にしか届かない、と断言する。 「テレビを見ているイコールほぼ自宅にいる人、なんですよね。ステイホームしている人におうちにいてくださいと言うのは、勉強をしようとしている人に『勉強しなさい』と言ったらけんかになる、そういう感じです。ですから私が伝えていることは、テレビの前の皆さんへ向けた、感謝の気持ちなんです」 藤井が積み重ねた視聴者への「感謝の言葉」は、人々の心を癒やした。コロナ禍が続く今、それを夕方の楽しみにするファンも増え、先のランキングに繋がっていく。
東日本大震災で痛感した、「手ぶら」でいることの大切さ
藤井にとって一つの転機となったのが、『news every.』メインキャスター就任だ。2010年3月にスタートして11年。関東地方では3時間以上の長時間番組であり、デイリーニュース、番組独自のニュース特集にエンタメなど、毎日バラエティーに富んだ情報を放送している。 本番ではすべての疑問点をクリアにして、伝えることに全力を傾ける。これを、藤井は「手ぶら」と表現する。 「3時間10分の生放送をやるなかで、決めているのは、常に手ぶらであること。荷物を持っていたら、フットワーク軽く動けません。疑問点を持ったままスタジオに入ると、例えば緊急地震速報や速報といった突発的なニュースが入ってきた時、一瞬、動きが遅れます。そうならないためにすべて解決しておき、手ぶらな状態でいるということが、スタートダッシュのための作戦なんです」 タレントから文化人、大物政治家まで、スタジオには毎日多彩なゲストが登場する。2月に東京五輪組織委員会新会長に就任したばかりの橋本聖子がやってきた時も、週刊誌で取り沙汰されていたセクハラ問題についてストレートに斬り込んだ。 「橋本さんはあの日、思いの丈を話すという気持ちでお越しになっている、と私は感じました。だからこそ、あえてあの問題に触れたんです。 大物が来ると、裏で握っているんだろうと思われがちなんですが、every.では絶対忖度のないようにしようと話しています。生放送中では、もう想像を超えた事態も起こるんですが、振り返れば、すべてが自分にとっていい経験。難しい相手も、やりとりをしているうちに本意がうっすらと見えてくることがあるんです。そこにちょっとしたボタンがあって、それを押した時に、ポンッと言葉が出たら、その日のインタビューは成功だったかなと」 長時間の生放送で、予測できない出来事が頻発するニュースという現場。殺伐とし、時にはイライラすることもあるのでは? そう聞くと、そばにいたスタッフが「昔タカヒコさん超おっかなかったです」とニヤリ。藤井は、仏のような顔で笑った。 「若い頃のことです(笑)。キレたりすること、最近はもうないですね、仕事でもプライベートでも。でもそれはたぶん、私、手ぶらでいなかったからだと思うんですよ。その時に、自分ではなく、周りを責めていた。今は手ぶらでいることによって、心に余裕が生まれ、誰かを助けることもできますし、アドバイスもできる。もう私の健康寿命も先が見えていますから、人生のロスタイムを感情の乱れで無駄にしたくない。そういう境地ですね」