まるで「ジュラシックパーク」...ロンドン証券取引所から、企業が相次いで「逃げ出す」理由
<英国企業が自国市場での上場をやめて米国での上場を選択するという現実的な脅威。なぜロンドン証券取引所はここまで「凋落」したのか>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]2009~17年にかけロンドン証券取引所(LSE)を率いたグザビエ・ローレット氏は「LSEは競争力を失った。上場を目指す英国企業が米国での上場を選択する現実的な脅威がある」と継承を鳴らしている。 世界の移住したい国人気ランキング、日本は2位、1位は? 英紙デーリー・テレグラフ(12月14日付)が報じた。LSEで取引される株式の1日の出来高は18年の75億ドルから昨年は48億ドルに激減した。ハイテク企業が多い米ナスダックの出来高は約70倍の3400億ドル。ロンドン主要市場から流出したのは88社で、参入はわずか18社。 ローレット氏はテレグラフ紙のインタビューに「単純に計算すると流動性の低い市場ではごく普通のIPO(新規公開株式)でさえ理論価格から割り引く発行時のディスカウントが大きくなりすぎる。流動性の低さはIPO後の株価にも影響する」と語っている。 ■トランプ復活で資本市場は米国1強 米国市場に比べ資本コストが割高なLSEは競争力を著しく失った。「共同富裕」を掲げる習近平国家主席の統制強化で西側資本の中国市場離れは加速。欧州市場にアップル、マイクロソフト、エヌビディア、アマゾン、メタ、グーグルに匹敵するハイテク企業は見当たらない。 減税と規制緩和を唱えるドナルド・トランプ米次期大統領の復活で資本市場は米国1強の様相を呈する。欧州連合(EU)から離脱した英国の株式市場は見向きもされず、英国企業の米国市場へのエクソダスが止まらなくなっている。 米ブルームバーグによると、ロンドンで新規上場した企業は今年、世界20位の10億ドルで昨年より9%減少した。世界1位米国は410億ドル。2位インドは180億ドル、3位中国は150億ドル、4位香港100億ドル、5位アラブ首長国連邦(UAE)60億ドル、6位日本50億ドルだ。 ■ハイテク企業の価値評価が低い LSEはすでに上場している企業が投資家からどれだけ資金を調達したかを含む広義の資金調達額では依然として世界3位と反論している。しかしEU離脱で縮小が進む英国では英半導体設計アームのナスダック上場ショックなど上場廃止や海外市場での上場を選択する企業が相次ぐ。 LSEの上場企業のうち時価総額上位100社(FTSE100)に名を連ねる工具レンタル大手のアシュティードは英国での上場をやめて米国に移転する計画を発表。建設資材メーカーCRH、旅行代理店TUI、梱包材メーカーのスマーフィット・カッパなどに続いた。 LSEはナスダック、ニューヨーク証券取引所に比べハイテク企業の価値評価が低い。FTSE100はオールドエコノミーのレッテルが貼られる。主要銘柄の銀行、エネルギー大手、タバコ会社が20世紀の臭いを漂わせる。英国の年金生活者が好むのは成長株ではなく高配当株だからだ。 ■成長期が過ぎた企業が多く、革新的なハイテク企業が少ない 02~14年にかけ英国政府の福祉・年金改革や歳出改革に関わったエコノミスト、サイモン・フレンチ氏は「LSEには成長期が過ぎた企業が多く、革新的なハイテク企業が少ないため、ジュラシックパークと呼ぶ人もいるほどだ」と自嘲気味に語る。 英紙フィナンシャル・タイムズの社説(12月16日付)は「この悲惨な1年はロンドン株式市場がどれほど落ち込んでいるか、長期的な落ち込みを回復するための課題の大きさを物語っている。業績不振の一因は英国の産業構成がエネルギーや鉱業に偏っていることだ」と指摘する。 スターマー英政権は増税と借り入れで公務員の給与を上げ、公共サービスを向上させる方針だが、経済成長につながらなければ長続きしない。 老朽タンカーの再生は難しい。人工知能(AI)や生命科学、量子テクノロジーにより産業構造が劇的に変化する中、企業の成長を資金面で支える株式市場の改革は喫緊の課題。しかし市場改革の一番の薬は株価の上昇であることは日本を見れば明らかだ。