斉藤由貴は「不安定」だけど「プロの可能性を感じた」…音楽家・武部聡志が語るプロだけに漂う雰囲気
女優と歌手の融合
――演じているという感覚に近いんですかね。 そうだと思います。ただ、決して切々と歌っているわけでありません。感情の揺らぎを出しながらも淡々と歌い、ある瞬間にだけ主人公になりきったような表現ができる。卒業式の朝から別れの時間までを描いた『卒業』も、すべてを感情的に歌っていたら何十年も愛される曲になっていなかったと思います。 ――由貴さんの魅力を引き出すにあたって、例えば『卒業』ではどこを意識してアレンジしたんですか? やっぱりこの曲も情景描写ですよね。主人公である由貴ちゃんが佇む景色は何色なのか、歌詞に登場する駅のホームにはどのような景色が広がっているのか、そういったもの音で表現したいなと思って。色彩や温度感を大事にしたアレンジを心がけましたね。 特徴的なイントロは始業のチャイムをイメージしています。3番の〈駅までの遠い道のりを はじめて黙って歩いたね〉には、哀愁が漂うようなストリングスも入れたりしてね。音を聴くだけで一日の時間経過がわかるようにアレンジを加えました。 ──率直に伺いたいんですが、最初に斉藤さんの歌唱の不安定さに触れたとき、不安を感じたんでしょうか?それとも可能性を感じたんでしょうか? 可能性、ですね。だって音程やリズムはトレーニングでどうとでもなるじゃないですか。だけど、絶妙な感情な揺らぎや儚い声質は天性のもの。誰にも真似できません。 女優としてのキャリアを積んできたからでしょう。最近はこの部分がさらに濃くなってきたように感じます。当時よりも確実に磨かれていますよ。
プロとアマチュアを分け隔てるもの
――いわゆる歌がうまい人はごまんといるわけですが、アマチュアとプロをわけるものって一体なんなんでしょう? まず、アマチュアはとても自己満足の要素が強いと思うんです。カラオケの点数が高い、声の波形がぴったり合っている、高い声が出る、そんなところばかりを気にしているというんですかね。総じて言えば、誰かのための歌じゃない。たとえ本人はそう思っていたとしてもうまく伝わっていない。 一方でプロの歌い手は、いかに多くの人に伝わったかが基準になっていると思います。誰かに伝えるために歌うという意識が強いですし、実際に多くの人に伝わっている。結局、これまで何度も伝えてきた通り、トレーニングでは身につかない“何か”を持っているかどうかですよね。それは声質なのかもしれないし、表現力なのかもしれない。 その上で、自分の個性に合った曲を選んでいるか、出会えているかどうか。自分の歌が魅力的に響くと、いい表現につながる。そうすると、人に伝わる。プロはここまでトータルで考えて歌っています。 ――アマチュアで終わるか、プロになれる素質があるか。かなり早い段階でわかってしまうものですか? 残酷ですが、その人の歌を聴けばすぐにわかりますね。ただ、プロになれる見込みがあると判断した人でも成功するのはほんの一握りです。もちろん表現できる場が増えたおかげで、昔に比べたらアマチュアが一発当てるのは簡単になりました。 でも、そこから長く活躍できるかどうかはまったく別の話。1曲で終わってしまう人も山ほどいます。 だから、いまでも一線で歌い続けるアーティストのすごさというのは、みなさんの想像以上だと思いますよ。ときに飽きられたり、スランプに陥ったりしながらも、彼らはそれを見事に乗り越えてきたわけです。 自らの突出した才能を、ストイックに磨き続けられるか。情熱を持ち続けられるか。アーティストの真価というのは、そこで問われるのだと思います。 ヘアメイク/下田英里 カメラマン/西崎進也
現代ビジネス編集部