ダンサー・田中泯に“ヴィム・ヴェンダース監督”が伝えたこと【映画『PERFECT DAYS』秘話】
極めて自然そのものに近い存在
泯さんが出演した映像作品としては、ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』が現在も公開中で、主演を務めた『フクロウと呼ばれた男』(Disney+) が全世界で配信中だ。 彼が俳優デビューを飾ったのは、2002年公開の『たそがれ清兵衛』でのこと。当時57歳。それ以降、数々の話題作に出演しては注目を集めてきた。しかしいまだに映像作品に参加するときは緊張もするし、新人のような感覚でいるのだという。 世界的な名匠・ヴェンダース監督も泯さんのオドリに魅せられたひとり。『PERFECT DAYS』で泯さんが演じたのはセリフのない役だが、非常に重要な役どころだ。 「ヴェンダース監督からは『踊ってほしい』とだけ言われていました。『木になってもいいよ』というサジェスチョンもあった。彼が求めていたのは、ただ純粋にそこに存在することだったんです」 泯さんの言葉を耳にしていて、合点がいった。これはフィクション映画でありながら、「田中泯」という存在そのものの純度が非常に高いと感じていたのだ。 「僕らは生まれた国は違うけれど、ともに終戦の年に生まれているんです。間違いなく、通じ合うものがありましたね。すべての出会いにいえることだけど、僕は運がいいんです」
坂本龍一とのコラボレーション
世界的なアーティストとのコラボレーションといえば、今年は故・坂本龍一と高谷史郎(ダムタイプ)による『TIME』が日本初上演を果たした。坂本が“音楽+コンセプト”を、高谷が“ヴィジュアルデザイン+コンセプト”を担当したこの作品は、彼らが手がけた最新にして最後のシアターピース。泯さんが扮したのは「人類」を象徴する存在だ。 舞台上には一面に水が張られていた。静謐さを湛えた暗闇の中、この「人類」は「水」と出会い、この“場をオドる”。それはやがて劇場空間のすべてに影響を与え、いつしか私たちは「時間」というものを忘れる。 水や木や岩たちは、なぜそこに存在しているのか。深遠な問いである。これらの自然物を前にしたとき、私たちは安らぎを感じるのと同時に、畏怖の念を抱いたりもするものだ。さまざまな記憶を蓄積したこのカラダが、何かしらの反応を起こすからなのだと思う。 泯さんを前にしたときの筆者の感覚は、まさにこれだ。唯一無二の「オドリ」という表現の実践者である「田中泯」とは、極めて自然そのものに近い存在なのではないかと思う。非常に個人的な感覚ではあるが。 次に泯さんにお会いできるとしたら、それは筆者の記憶の中にいる彼とは圧倒的に違う存在なのだろう。時が移ろい、川の流れが絶えず変化していくように。 メジャーなフィールドでの活躍ばかりがクロース・アップされがちだが、泯さん自身はいつまでもインディペンデント精神を持ち続けている人。そのカラダとオドリは、私たち観客をも絶えず変化させる。
折田 侑駿(文筆家)