『燕は戻ってこない』制作陣が明かす、「NHKドラマは攻めている」に対する率直な思い
「なぜ自分はそう思うのか」と向き合う時間がない現代
――ワーキングプアの主人公・リキ(石橋静河)が、代理出産を「合法的」(※)に行うために依頼者の稲垣吾郎演じる基(もとい)と期限付きの結婚をしますが、守秘義務があるのに有名人と結婚したと故郷で見栄を張ったり、代理出産の報酬として1000万円もの大金をもらうことになっているのに約束を破って暴走したりするのには驚きました。 ---------- ※現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療である代理出産について国内の法は整備されておらず、倫理的な観点から、日本産科婦人科学会は同医療を認めていない。 ---------- 板垣:原作通りですが、私はそこがこの小説の良いところだなと思っているんですね。人間、そんなに綺麗な面ばかりじゃないし、自分もその状況になったらそうしないとは言い切れない。最近、世の中では「あの人は悪い人」「この人は良い人」とかすぐに決めたがったり、「悪い人」とみんなが決めたら攻撃して良いと考えたりする空気を、すごく変だな、怖いなと思っていたんですね。でも、もしかしたら、ドラマという形でいろいろな人たちの心の動きを丁寧に見ていったら、気づくこともあるのかな、と。 私も原作を読んで、心を揺さぶられたんです。「自分はこの人を嫌な人だと思っていたけど、あれ? もしかしてこの人にも良いところがあるのかなと」とか「この人を応援しようと思っていたのに、なんで今嫌だと感じているんだろう」とか。そういう風に自分の心と向き合う時間を、ドラマを通じて渡せる気がして。それは、今の日本や世界に足りなくなってきているものだと思うんです。 そういう意味で本作は、生殖医療という今日的なテーマを軸としつつ、みんなが本当に向き合わなきゃいけない永遠のテーマを届けられるドラマになると思いました。
「女性の生きづらさ」を描く作品のチーム選びで大切にしたこと
――朝ドラ『らんまん』でご一緒された長田育恵さんに脚本を依頼したのはなぜですか。 板垣:すごく力のある大好きな作家さんで、尊敬しているし、『らんまん』(2023年)を一緒にやったことで信頼しているということがまずありました。加えて、長田さんは『らんまん』でも主人公・万太郎(神木隆之介)などの良い面ばかりじゃなく、ダメなところも描いたり、逆に敵役だった田邊教授(要潤)の心情がわかると思えるところも描いたり、人間の機微を丁寧にすくい取って書いてくださる方なので。 本当にお上手だし、あらゆる人への公正さや距離感から、すごく人間を愛している人だと感じていたので、こういう深い人間を描く作品をお願いしたいと思いました。 ――映像の力も大きいですね。第1話冒頭で卵を生命として描くシーンは原作にもあるものの、朝ドラ『カーネーション』(2011年)でヒロイン・糸子(尾野真千子)の次女・直子(川崎亜沙美)のデザイナーとしての覚醒シーンを思い出しました。あれは本作のチーフ監督でもある田中健二さんの週だったと思いますが、板垣さんも『カーネーション』チームでしたよね? 板垣:田中は、私が演出2年生のときに『カーネーション』で面倒を見てもらって、私がドラマ部の一員になるきっかけをくれた人なんです。大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)なども含め、ずっと一緒にやってきたんですが、とにかく誠実な人で。 今回は女性主人公で、女性の生きづらさみたいなものを描くので、誰にお願いするか悩んだのですが、物事を安直にとらえるような人では無理だろうなと思ったんです。 何がこんなにつらいのか、と一緒に向き合ってくれたり、 話を聞いてくれたり、一緒に考えてくれる人がいいなと思っていた中で、長い付き合いにおいて演出に対する誠実さ、人に対する誠実さをずっと間近で見てきた田中にチーフをお願いしたいと思いました。すごく愛される人で、チームを1つにまとめる力があるので、彼が真ん中でやってくれたら、センシティブな題材でもワンチームで頑張れると思ったんです。 清水:田中は僕も『風林火山』(2007年)という大河ドラマで一緒に仕事をした大先輩で、演出家として非常に信頼しているんです。彼に最高の映像を渡したいという思いから、撮影は私がたくさんの作品で一緒に取り組んだカメラマンの佐々木達之介にお願いしました。映像的な説得力を生んでいるのはやはり、田中プラス佐々木をはじめとした技術チームのコンビネーションがすごくうまくいっているからだと思います。