米国の謎ドローン騒動、集団ヒステリー化の様相 金星を誤認したケースも
地球を滅亡させる巨大彗星を、男が銃で撃ち落とそうとする──これは、ブラックユーモアあふれるSFコメディ映画『ドント・ルック・アップ』(2021年公開)の中で筆者が最も気に入っているシーンのひとつだが、米東海岸で騒動となっているドローン(無人機)とおぼしき物体を銃で撃つ人物の動画をSNSで目にして、このシーンを思い出した。 【画像】ニューヨーク州で撮影された正体不明のドローンとされる画像 この動画の信憑性は置いておくとしても、ドローンまたは何らかの不可解な物体を目撃した人が少なからずいること自体に疑いの余地はない。一方で、その証拠だとされる写真や動画の被写体が、ヘリコプターや着陸態勢に入った航空機など、説明のつく存在だった事例もたくさん見た。なんと、金星を見間違えたらしいケースすらある。そこで、この騒動の根を掘り下げてみるのも面白そうだと思った。 まず、背景を説明しておこう。ここ数週間、コネティカット州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、ペンシルベニア州、バージニア州など米東海岸の北東部~中部一帯で、正体不明のドローンの目撃情報が相次いでいる。一般市民や議員たちから疑問や不安、不満の声が上がるのはもっともだ。連邦当局は、敵性勢力や宇宙人による侵略の差し迫った脅威はないと主張している。 CNNの報道によれば「連邦捜査局(FBI)と国土安全保障省(DHS)は、ドローン目撃情報の多くは合法的に運用されている小型有人機を市民が誤認したものとみている」という。商用ドローンやその他の飛行物体を誤認したケースもありそうだ。 アレハンドロ・マヨルカス国土安全保障長官は国民に対し、安全保障上の脅威はないと強調した。米政治専門誌ザ・ヒルのサラ・フォーティンスキー記者は、こう記している。「マヨルカス長官は、毎日数千機のドローンが飛行していると述べ、最近の規則変更によりドローンの夜間飛行が可能になった点を指摘した」
以前にも似たような騒動が起きている
実は、以前にも似たような騒動が起きている。ABCニュースは2020年、コロラド州とネブラスカ州で不審なドローンによる「侵略」が始まったとする陰謀論が広まっていると報じた。この騒動については「集団ヒステリーだ」との指摘もあった。 俗に集団ヒステリーと呼ばれる現象は、専門用語では「集団心因性疾患(MPI)」という。明確な原因がなくても、何らかの脅威を認識することで生じた不安感などの心因性症状が集団に連鎖的に伝染する現象だと学術的に定義されている。最も古い報告は14世紀まで遡るとの研究結果もある。 医学博士のゲイリー・スモールは、心理学専門誌Psychology Today(サイコロジートゥデイ)への寄稿で「不確実性に直面すると、私たちの心は説明を強く求める。生じた症状に説明がつかない場合、私たちは冷静さを失い、恐怖感が増大する」と解説している。 ソーシャルメディアのクリック数、シェア数、いいねの数がすべてを左右する現代において、誤報、偽情報、陰謀論はいともたやすく拡散してしまう。筆者は大気科学者として、こうした現象をいつも目の当たりにしている。大型ハリケーンが発生するたびに、道路を泳ぐサメの写真や、無関係な雷雨の写真が取りざたされる。気象観測気球が未確認飛行物体だと通報されることもよくある。そして、そこには政府や専門機関に対する不信感という、不穏で危険な傾向もみられる。 今回のドローン目撃証言のすべてをこれで説明できるなどとは言わないが、少なくとも単独飛行するドローンの目撃談については、金星を誤認した可能性がある。天文情報サイトEarthSky.orgの記事には「2024年12月、地球から見て最も明るい惑星である金星は、日が沈んだ後の薄明の西の空に輝いている。年内いっぱいは夕方の空に見える」とあり、夕暮れ時にはかなり明るく光るとされている。米航空宇宙局(NASA)もまた「日没後の南西の空に『宵の明星』として明るく輝き、毎晩その位置は高くなっていく」と述べている。 宇宙ニュースサイトSpace.comも、今月は金星が非常に明るいことを伝えている。天体観測に詳しいコラムニストで気象学者のジョー・ラオは12月3日付の記事に、「12月は惑星ファンにとって間違いなく素晴らしい1カ月になる。金星は今月いっぱい南西の夕空高く輝き、傑出した宵の明星となる」と書いた。