東大に現役合格した野球部の″サブマリン″ 元ロッテ・渡辺俊介の長男が語る「物理とピッチング」
東大の「サブマリンエース」
痛恨の一発だった。 10月26日に行われた東京六大学リーグ、立教大と東京大の一戦。2対1でリードし9回2死まで漕(こ)ぎつけながら、東大の渡辺向輝(こうき)(農学部3年)はランナーを一人おいてサヨナラ本塁打を浴びたのだ。渡辺は失敗を糧(かて)とする。試合後、自身のスマートフォンに反省点を綴(つづ)った。 【画像】東大野球部の"サブマリンエース" 渡辺向輝の「素顔写真」 〈……すなわち打ち取る球として直とスラが選択肢から消えてしまったこと……〉(原文ママ) 渡辺は、自身の習慣をこう語る。 「気づいたことや反省点を長文でスマホにメモするのは、僕の日課です。身体が小さいので(167㎝、61㎏)、毎日考えながらプレーしないと、甲子園経験者も多い他大学の強打者にかないません」 今秋のリーグ戦で法政大を2点に抑え、初勝利を151球の完投で飾るなど奮闘中の渡辺。元ロッテで『ミスターサブマリン』と呼ばれた渡辺俊介氏の長男だ。父親と同じ下手投げで、東大の次期エースと期待される渡辺の頭脳的ピッチングを本人の言葉で紹介したい――。 渡辺の母校は、東大に毎年50人前後の合格者を出す名門・海城高(新宿区)だ。だが、当初は東大に受かるレベルではなかったという。 「海城でも野球部に所属していましたが、3年夏の大会が終わった後に受けた模試で東大はE判定だったんです。これはマズいとスマホを手放し、テレビを見ないようにして勉強モードに切り替えた。高校1年の基礎から徹底的にやり直し、3ヵ月後の10月にはB判定が出ました」 ◆「『親のコネだ』といわれのない批判を受けるのがイヤだった」 東大進学にはこだわりがあった。 「理由は二つあります。一つは、東京六大学の高いレベルで野球がやりたかったこと。二つ目は、私立大に行って『親のコネだ』と謂(いわ)れのない批判を受けるのがイヤだったからです」 理系科目が得意だった渡辺は、東大の理科Ⅱ類に現役合格し農学部に進む。野球の考え方も理系らしく極めて論理的だ。 「高校まではオーソドックスなオーバースローでした。物理学的に重心の位置や回転の仕方などを研究し球速は138㎞/hまで伸びましたが、身体の小ささを考えるとそれが限界です。六大学の強打者を抑えられるレベルではない。それで思い切ってアンダースローに転向しました。以前、肩を痛め一時期だけアンダースローで投げたことがありましたから」 アンダースローについても考察を重ねた。たどり着いた答えの一つが「ギアを上げないこと」だという。 「アンダースローでは、剛速球は投げられないので三振を狙う必要はありません。相手の狙いを逸(そ)らし、ゴロを打たせればいいんです。ムリにギアを上げて抑えようとすると、下半身のバランスを崩し体力を消耗します。サヨナラ本塁打を浴びた立教大戦は、ピンチに冷静さを失いギアを上げたのが敗因でした」 もう一つ、渡辺が心がけているのが「ピッチトンネル」だ。 「同じポイント(トンネル)に複数の球種を投げ分けることです。100㎞/hの遅い変化球を投げた後に、同じ位置を通るように125㎞/hの直球を投げれば、相手は速く感じ詰まらせることができます。一方で身体に覚えさせるために、量をこなす必要もある。昨年夏から冬にかけては週に600球投げ込みました」 同じアンダースローの父親に、アドバイスを求めることはあるのだろうか。 「以前はありませんでしたね。『プロで結果を出した父の忠告=答え』になるでしょう。反論の余地がなく従わざるをえない。僕は自分で考えるのが好きなんです。責任ある3年生になり、最近では打者のタイミングの取り方など父の話を参考にすることも出てきました」 将来については白紙だという。 「もちろんプロは憧れですが、自分にその実力がないことは理解しています。将来を期待され、プロから声がかかるような投手になりたいです」 考え抜いた投球で渡辺は来春、東大の8年ぶりの勝ち点を狙いにいく。 『FRIDAY』2024年11月22・29日合併号より
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