肥満ヘビースモーカーに、泣き止まない女...政治犯扱いのジャーナリストが経験した、ロシア刑務所の「衝撃的な現実」
「NO WAR 戦争をやめろ、プロパガンダを信じるな」...ウクライナ戦争勃発後モスクワの政府系テレビ局のニュース番組に乱入し、反戦ポスターを掲げたロシア人女性、マリーナ・オフシャンニコワ。その日を境に彼女はロシア当局に徹底的に追い回され、近親者を含む国内多数派からの糾弾の対象となり、危険と隣り合わせの中ジャーナリズムの戦いに身を投じることになった。 【写真】習近平の第一夫人「彭麗媛」(ポン・リーユアン)の美貌とファッション ロシアを代表するテレビ局のニュースディレクターとして何不自由ない生活を送っていた彼女が、人生の全てを投げ出して抗議行動に走った理由は一体何だったのか。 長年政府系メディアでプロパガンダに加担せざるを得なかったオフシャンニコワが目の当たりにしてきたロシアメディアの「リアル」と、決死の国外脱出へ至るその後の戦いを、『2022年のモスクワで、反戦を訴える』(マリーナ・オフシャンニコワ著)より抜粋してお届けする。 『2022年のモスクワで、反戦を訴える』連載第38回 『「絶対的な悪の勝ち誇る国」と化したロシアで、正義を掲げて行動したジャーナリストが迎えた「皮肉すぎる末路」』より続く
刑務所生活
「起床。ベッドを畳め!」 ドアの外で女性看守の命令が響いた。6時起床、と言われたことを思い出し、ゆっくりとベッドから起き上がった。頭がガンガンした。 「外へ出ろ」再び当番についた女性看守が、顔を歪めて大声で命じた。「所持品をもって出ろ。両手は前」 女性看守は命令し、わたしに手錠をかけた。 「右向け右。顔は壁。廊下へ出ろ」 彼女はわたしを隣の房へ押し込んだ。わたしは驚いて周りを見回した。タバコの煙が厚いカーテンのように立ち込める中、病的に太った女性がいた。 「よう。ガーリャって言うんだ。ノヴォロシースクの出だよ」 女性は50歳くらいだった。安いヘアカラーで染めた髪を後ろでまとめていた。両腕は色とりどりのタトゥーでいっぱいだった。
殺人犯との会話
「2日前にモスクワに来たばかりなんだ。それが、ポリ公の野郎、すぐこんなところにぶち込みやがった。16年勤め上げたんだよ……。男を2人、殺っちまってさ。ふざけた野郎さ。あいつらの自業自得だよ。嘴を突っ込まなきゃいいのによ」 「今度はなんでここへ?」おずおずとわたしはきいた。 「ノヴォロシースクで男をもう一人、ナイフで刺したんだよ。それでモスクワに逃げてきたんだ。ここなら身を隠せると思ってさ」 「モスクワは顔認証システムがいちばん発達した街です。監視カメラだらけだから、ネズミ一匹逃げられませんよ」 「そんなことは知らなかったよ」彼女は苦々しく手を振った。 ガーリャは神経質そうにタバコをふかし、悪態をついた。わたしは咳が出続け、息が止まりそうになりながら、意識を失うまいとした。とにかく新鮮な空気が吸いたかった。 「あんたは何なんだい?不慣れな感じだね?拘置所に送られてみなよ、40人は一緒だぜ。しかもだいたいみんなタバコを吸うね。あんたはなんで引っ張られたんだい?」ガーリャが尋ねた。 「戦争に反対したんです。子供を殺すなって言って」