「クマ出没」警戒中にタケノコ採り…「いや、まさかな」ササの間に見えた“黒いもの” 次の瞬間には目の前80センチに
至近距離でクマとにらめっこ
26日に入山した田代平は、袴田が近年通い続けているエリアだった。先に起きた2件の事故のことは、テレビのニュースを見て知っていた。ヘリコプターから映された映像を見ながら、「ああ、あそこだな」と思っていたが、その現場から田代平は北東に約3キロほど離れており、クマの目撃・遭遇情報も聞いていなかった。もちろん、袴田自身もそれまでにクマに遭遇したことは一度もなかった。 ただ、前の週に下見を兼ねて田代平に来たときには、それまでにない強烈な獣臭がしていた。「違う場所に来ちゃったのかなあ」とも思ったが、見覚えのある特徴的なブナの木があったので、場所は間違えていなかった。「キツネやタヌキだったらこんなに臭わないよな。でも、まさかなあ」という思いが一瞬頭をよぎったが、あまり深くは考えなかった。 「タケノコを採っている人たちは、山にクマがいるのは当然だと思っています。それでも山に入るのは、誰もがまさか自分がクマに遭遇するとは思ってもいませんからね」 26日、袴田はいつものように草ぼうぼうの未舗装道を入っていき、畑の奥の雑草地に車を停めようとした。そこには顔見知りの65歳男性の車が先に停まっていたので、「おっ、今日は早いな。こりゃあ先を越されちゃったな」と思った。 その近くには、パトカーも2台停まっていた。「また行方不明者が出たのかな」と訝(いぶか)しく思いながら、しばらくあたりを行ったり来たりしているうちに、1台のパトカーはどこかに行ってしまった。しかし、もう1台は動かなかったので、その場所から山に入ろうとすれば止められるだろうなと思い、仕方なく100メートルほど離れた場所から入ることにした。 身支度を整えて歩きはじめたのが午前7時ごろ。前の週ほどではなかったが、あたりにはやはり獣臭が漂っていたので、いちおう用心のために持ってきていた爆竹とロケット花火を鳴らしながら入山した。 平地のタケ藪を10メートルほど進み、谷へと下りていく。タケノコは、上から見るより下から見たほうが見つけやすいので、まずは谷底まで下りきったあと、登り返しながら採るのが定石だ。 入山しておよそ10分後、ササ藪のなかを這いずるようにして下りていき、斜面の中腹あたりまで来たときだった。上のほうでガサガサと音がしたので、同業者がいるのかなと思って音のするほうを見ていたら、ササの間から黒いものが見えた。距離は8~9メートル。「いや、まさかな」と思いながらまじまじと見て確信した。「あっ、クマだ」と。 そのときはまだクマは袴田の存在に気づいていなかったので、「そのまま真っ直ぐ向こうのほうへ行ってくれないかな」と、心の中で手を合わせた。だが、願いも虚しく、クマがぱっと振り向いて、目と目が合ってしまった。次の瞬間、クマはササ藪を掻き分けながら躊躇なくこちらに向かってきて、目の前80センチのところまで来て動きを止めた。クマに「襲おう」という意思があったのは明白だった。 (続)
羽根田 治