国内最高齢の女性監督・山田火砂子、映画を通して伝えたいこと「92歳、原動力は怒り。命を奪い、差別する社会は今も変わっていない」
◆声を上げなければ社会は変わらない 3~4年に1本のペースで撮ってきたけれど、情勢に合わせてテーマを選ぶこともあります。安倍晋三元総理が憲法改正を声高に主張するようになったときは、『山本慈昭(じしょう) 望郷の鐘―満蒙開拓団の落日』を撮りました。 山本慈昭は中国残留孤児の帰国のために奔走した人物で、安倍さんの祖父の岸信介元総理は満蒙開拓団の生みの親の一人でもある。こうした国策の負の歴史を突きつけたい思いがありました。 この映画は途中で資金が尽きて、一時撮影が止まっちゃったの。でも山本慈昭の故郷、長野県下伊那郡の方が田畑を担保に入れてお金を借り、製作協力券を1万枚買ってくれました。 長野県は全国最多の開拓民を送り出したところでもあるんだけど、追加も必要になるほど券が売れて、損が出なかったと聞いたときは嬉しくて。忘れられませんね。県内の映画館で半年も上映されたので「ギネスもんだねえ」とみんな喜んでいましたよ。 2018年は医学部の不正入試が取り沙汰された年。東京医科大学などの入試で女子合格者を減らす得点操作が発覚したでしょう。こんなことがあっていいのか、と怒りに震えたね。女性に医師の認可を与える制度がない時代に、近代日本初の女性医師として生きた荻野吟子を題材に、『一粒の麦 荻野吟子の生涯』を撮りました。
女性の権利獲得や地位向上のために尽力した人物を何本か撮ったし、また知的障がい者をテーマにした映画を撮ろうと思ったのが、今回の新作です。 時代はよくなりましたよ。福祉も変わってきたと思う。長女が小さいころは、障がい者の子どもが生まれると経済的にも困窮したし、後ろ指を指されるし、変な勧誘も受けるし、将来への不安で一家心中する家族も少なくなかった。 そんなとき、美濃部亮吉都知事が「死なないでください」というメッセージとともに、障がい者の生活支援や施設づくりを進めていきました。欧米の福祉政策の影響もあっただろうけど、自治体や制度を動かし、日本の福祉を確かに前進させたのは、なにより当事者家族の声だったと思いますよ。 長女は今62歳。障がい者施設で暮らし、障害年金ももらっています。だからなんとか生活ができている。 今日も、庶民の生活を知らない人たちが政治をやっていますよ。子ども一人育てるのに、今は3000万~4000万円はかかるっていうんだから大変な金額じゃない。 若い人は生活が苦しくて子どもを産むのもためらっているのに、政治家はパーティー券で私腹を肥やしたり、めちゃくちゃでしょう。おかしいと思ったことは、声を上げないと。それを恥ずかしがったら世の中は変わりませんよ。 私がこの年齢まで映画をつくる原動力は、「怒り」です。世の中が多少よくなってきたからって、命を奪ったり、傷つけたり、差別したりする社会は変わっていないから。だからこの怒りが続く限り、映画をまた撮らなきゃいけないんでしょうね。(笑) (構成=篠藤ゆり、撮影=洞澤佐智子)
山田火砂子