梨×近藤亮太が語り合う「行方不明展」の真意。“5つ目の展示物”「正体不明」とは?
東京・日本橋のメインストリートに面したビルで7月19日から9月1日(日)まで開催されている「行方不明展」。気鋭のホラー作家である梨が、昨年大きな反響を集めた考察型展覧会「その怪文書を読みましたか」に続き株式会社闇とタッグを組み、「イシナガキクエを探しています」を手掛けたテレビ東京の大森時生プロデューサーや複数のクリエイターらと共にこの展覧会を作りあげた。 【写真を見る】「行方不明展」に“5つ目の展示物”が…特別配信映像「正体不明」の全貌 時間ごとに事前販売されているチケットの販売数は4万枚を突破し、土日のみならず平日でも売り切れが続出するなど話題が加速するなか、本日20時より特別配信映像「正体不明」が公開となった。PRESS HORRORでは梨と、特別配信映像を手掛けた近藤亮太監督にツーショットインタビューを敢行。謎に包まれた取り組みが目指す、真意に迫った。 ■「あくまでも、“この世界観において本当のもの”」(梨) 「『人間には 行方不明の時間が必要です』。その書き出しから始まる、詩人の茨木のり子さんの『行方不明の時間』という詩があります。“行方不明”という言葉を聞いて多くの方が想像するのは、人の失踪や誘拐、犯罪といったものでしょう。しかしそれとは別に、“社会的な文脈からの解放”という側面もあるのではないでしょうか」。梨は“行方不明”というモチーフについて、的確に言葉を選びながら説明する。 「おそらく近年“異世界転生”というジャンルが流行しているのも、こうしたゆえんなのではないかと私は考えています。『ここではないどこかに行きたい』という願望を、誰しもが持ち合わせている。それらを包含できる概念としての“行方不明”であれば、いままでとは異なる、またホラーとも異なる読後感を味わえる展示が可能なのではないか。そこを着想元として、この『行方不明展』に行き着きました」。 行方不明者の捜索を呼びかける張り紙や、行方不明になった人物が置き去りにしていった遺物、さらには不可解な映像など。さまざまな視点から“行方不明”という現象を提示し、そして可視化していくこの展覧会には、前置きとして次のように明言されている。「※この展示はフィクションです」。 「今回の展覧会は、“本当”だと思ってもらうことはまったく目的としていません。あくまでも、こういう世界観のもとで提示された、“この世界観において本当のもの”として、フィクショナルだけどリアルな世界観を楽しんでほしいと思い、あえて“フィクション”であることを強調しました」。そう語る梨は、展示を制作する段階から「実在の行方不明事件を想起させる内容にはしない」というポリシーをすべてのスタッフと共有したという。 そして「これはホラーというよりSFです。SFといっても、サイエンス・フィクションではなく“スペキュレイティブ・フィクション(Speculative Fiction)”。『もし、こういう世界があったら…』という思考実験としての展示会、展示物を作ろうということが前提にあったので、いたずらに恐怖を喚起させるものでなくてよかった。そして同時に、表現手法の一つとして、フィクションとしてのフェイクドキュメンタリーにはまだやりようがあるとも感じていました」と、本展の根本にある理念を明らかにした。 ■「この世界観を伝えるためには、どうしても“物語”が必要だった」(近藤) 「行方不明展」の展示は4つのセクションに分類されている。「ひと」の行方不明をめぐる“身元不明”。「場所」の行方不明をめぐる“所在不明”。「もの」の行方不明をめぐる“出所不明”に、「記憶」の行方不明をめぐる“真偽不明”。そしてここに、特別配信映像というかたちで、いわば5つ目の展示物が加えられるわけだ。 そのタイトルは「正体不明」。「行方不明展」の会場で出会った2人の男の対話によって構成された約30分の映像は、梨が語っていた“スペキュレイティブ・フィクション”としての世界観をさらに強化していく。これを手掛けたのが、短編映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』で第2回日本ホラー映画大賞に輝き、同作の長編版で商業映画監督デビューを控えている近藤亮太監督だ。 「『行方不明展』の世界観の一部として映像を作ってほしいとお誘いをいただいた時に、真っ先に考えたのは『花火大会に行けなかった人に、その楽しさや思いを伝える時には、花火をそのまま撮っても伝わらない』ということでした。この展示、この世界観を伝えるためには、どうしても“物語”が必要だったのです」。そう語る近藤監督は、小林泰三の短編小説「酔歩する男」や黒沢清監督の『CURE』(97)などをイメージソースとして作品づくりに臨んだという。 そんな近藤監督の才能に兼ねてから惚れ込んでいたという梨は、「先ほども話したように、ホラーであることを想定している展示会ではないので、恐怖表現が可能な範囲は限られていたと思います。ですが近藤監督は、その無理難題のなかでも見事に広義の不気味さというものを表現してくれました」とあたたかな賛辞を送る。 「近藤監督には『正体不明』だけでなく、『行方不明展』の最初の情報として出されたCMも制作していただきました。つまりプロローグとエピローグの両方を任せるという、かなりの重荷を背負わせてしまったかもしれません。ですが、独特の緊張感がある画づくりで、ずっと背筋が伸び続けるような無二の感覚を味わわせていただき、なにより世界観の幅をさらに拡張してもくれました。あらゆる面で寄与していただき、お願いして本当に良かったと思っています」。 梨からの言葉に、「非常に難しいオーダーではありましたが、僕自身が梨さんの作品から影響を受けているということもあり、僭越ながら恐怖の感覚値が近い方だと思っていたんです」と近藤監督は照れたような表情で告白。そして「自分が好きでやりたい表現と企画と、一緒に作るクリエイターの意向が合致しながら作品づくりができる、とても幸せな作業でした」と、梨との充実したコラボレーションを振り返った。 ■「自分がどう感じたのかという、“ぶれ”を楽しんでいただきたい」(梨) 会期後半に差し掛かるこのタイミングで新たに加えられる“5つ目の展示物”について近藤監督は、「きっと僕がまっさらな状態で作っていたら、もっと怖いトーンの作品になっていたと思います。ですが、梨さんの考えや展示の世界観があったので、自分でも意外に思うくらいエモーショナルなものになったと自負しています。観る方にも、自分自身や登場人物の感情などを汲みとってほしい」と期待を寄せる。 一方で梨は、「『行方不明展』に共通している事象は意外と単純なものです。ここで明示している“行方不明”が希望になるのか、それとも絶望になるのか。ある人にとっては怖いと思うものでも、またある人にとっては魅力的に感じるかもしれない。それは観てくださった方々それぞれのペルソナに委ねられているものです。『正体不明』もまた、そこが軸になっている。私はそう考えています」と説明。 そして「この『正体不明』という映像を観る方々にも、自分がどう感じたのかという、ある種の“ぶれ”を楽しんでいただきたいと願っております。“怖い”なのか、“楽しそう”なのか、それとも“魅力的”だと思うのか。内面化されたご自身の感想と向き合っていただけたらとてもうれしいことです」とにこやかに語った。 「行方不明展」は9月1日(日)まで、東京・日本橋の三越前福島ビルにて開催。また、特別配信映像「正体不明」は本日より1000円(税込)で配信開始されている。チケット情報などの詳細は、公式ホームページから確認してほしい。 取材・文/久保田和馬