「東大はキリスト教の敵である!」――東大に敵意を燃やして、自分で大学まで設立した偉人の名前
「唯物論の盛んなりし帝国大学」
だが、いくら東大が国家の大学で知識偏重だといっても、それだけではキリスト教の敵とはなり得ない。大学当局が学生に背教や改宗を迫るわけではないからである。 新島が東大を敵視または警戒したのは、キリスト教を攻撃するさまざまな理論を西洋から輸入して広める機関となり、結果的に日本での布教を妨害するおそれがあるからであった。 新島は、滞米中の1884年、アメリカン・ボードに提出した文書で次のように述べている。「私たちの敵が所有する武器は近代科学の粋を集めたものですから、私たちはキリスト教精神の染み込んだ、最良に改善された近代兵器で対抗しなくてはなりません」。キリスト教の敵が持つ武器は近代科学だが、日本における近代科学の中心はいうまでもなく東大である。 新島が近代科学そのものを敵視していたわけではないことは、医学教育参入を熱望していたことを見ても明らかである。問題は「唯物論」「無神論」と骨がらみになった近代科学であった。 新島は、物質科学の支配が強まるにつれ、「物質中心主義」や「官能主義」がはびこると考えた。キリスト教教育が行われていない学校では、「物質主義」の影響は「必然的にふしだらな行為と結びつきます」とさえ主張していた。だとすれば、「唯物論の盛んなりし帝国大学」は、学業優秀な堕落者を量産する学校になると考えるのが自然である。 だから、キリスト教大学なのである。新島は、キリスト教精神と高いレベルの近代的学術を融合することによって、東大の広める「無神論」「唯物論」に勝利し、日本人の魂を堕落から救い出せると考えたのだった。 ※本記事は、尾原宏之『「反・東大」の思想史』(新潮選書)に基づいて作成したものです。
尾原宏之(おはら・ひろゆき) 1973年、山形県生まれ。甲南大学法学部教授。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本放送協会(NHK)勤務を経て、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は日本政治思想史。首都大学東京都市教養学部法学系助教などを経て現職。著書に『大正大震災―忘却された断層』、『軍事と公論―明治元老院の政治思想』、『娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』、『「反・東大」の思想史』など。 デイリー新潮編集部
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