音楽業界人も役立つ一冊! 兵庫慎司が『17人のエキスパートが語る 音楽業界で食べていく方法』を読む
音楽業界でそれなりに歳を食ったおじさんあるある。専門学校の講師、やりがち。と、若い頃は思っていたが、あにはからんや、数年前から、自分もその枠になってしまった。それまで縁もゆかりもなかった専門学校から、なぜか突然「週イチで授業をしてください」という、非常勤講師のオファーが来たのだ。 人にものを教えるなんて、考えたこともなかったので、断ろうかと思ったが、そういえば知人が……って、ぼかして書かなくてもいいか、このリアルサウンドを運営している株式会社blueprintの社長は、昔、同じ専門学校で、長いこと講師をやっていたのだ。そのことを思い出して、相談してみたところ。 即答だった。「絶対やった方がいい」と。曰く、すごく大変だし、消耗するし、得られるギャラもその大変さに見合うものではないけれど、それでもやるべき。経験としてとても自分のためになるし、すごく自分が鍛えられるから。この会社を起業して忙しくなったからやめたけど、じゃなかったら自分も続けていた──と。 そうか。じゃあやろうかな、そこまで言うなら。と、引き受けて以来、まさにその言葉どおりであることを、日々実感している。大変だけど自分のためになる、でもすごく消耗する。それ以前に、客前でのトークイベントの経験は何度かあったが、そんなん一切役に立たない。言うまでもないが、話をききたくておカネを払って集まってくれる人と、学校の授業だからがまんしてそこに座っている学生は、客層としてまったく違うからだ。 というわけで、毎週四苦八苦しながらその仕事をしているもんで、こんな本があるのを知ったら、そりゃあ即、読むのだった。 全4章からなる本で、1章は音楽業界のさまざまな業種の説明、2章は音楽業界の現状と近未来予測、3章は実際に音楽業界で働いている17人へのインタビュー、4章は「音楽業界に入るための準備と実践」、という内訳。 読み終えてまず思った。講師やる前に読みたかった! この本を読んでからだったら、もっとラクに授業内容を考えられたのに! 著者は、江戸川大学社会学部経営社会学科で、音楽ビジネスを教えている教授。元ソニー・ミュージックエンタテインメントで邦楽宣伝やA&R業務→ライブエグザム(ソニー内のライブ制作会社)で国内アーティストの海外興行エージェントやツアーマネージャー等を担当、というキャリアだそうだ。僕も面識あってもおかしくないが、たまたま、ないです。 で。後半の、音楽業界人17人のインタビューがおもしろいのは想定範囲内というか、まあわかる。業界人に限らず、その人が現在に至るまでの半生や、今の仕事について語るインタビューというのは、おもしろい読み物にできる可能性が、そもそも高いものなので。 こっちは、自分と面識がある方も何人かいて、「あれ? あの時期の仕事のことはカットなの?」とか「あのバンドのスタッフだった時のこと、もっとしゃべればおもしろいのに」などと言いたくなったりして、そういう意味でも楽しめた。 音楽業界を目指すみなさんは、その人の半生お部分は、楽しい読み物として、その人の仕事のしかたの部分は、音楽業界の現実を知って学ぶテキストとして、読むのがいいと思います。 で。そんな後半は後半で楽しく読んだが、本当の意味で自分にとって役に立ったのは、前半だった。 僕は音楽業界に30年以上いるが、自分に関しても、他人に関しても……特に自分に関してだな、よく実感することのひとつに、音楽業界を総合的に詳しく知ることって意外と難しい、というのがある。 音楽業界の中でも、自分が専門的に関わっている、あるいは過去に関わったことがある分野に関しては詳しいが、それ以外の分野に関してはよくわかっていない、ふんわりとした知識しかない、ということが、驚くほど多いのだ。 言うのも恥ずかしいが、たとえば僕は、いわゆる印税の仕組み、ざっくりとは知っていても、細かいところまではわかっていない。アーティストグッズが売れた時に、それがどんな計算式を経てどれくらいの割合でアーティスト本人に還元されるのか、というのも「ケースバイケースである」ことしか知らなくて、最高でこれくらい、最低でこれくらい、というのもわからない。 逆に、僕と同じ音楽ライターでも、たとえば同じライブを観たあとに「今日ステージに、モニターはもちろんギターアンプもなかったね。完全にラインなんだね」と言ったら、「ラインって何?」と返されたり、フェスの現場で会場のオペレーションに関してブーブー言ってたら、「あ、そうなんだ? 裏しか見てないからわからなかった」と言われて、「同業者でも全然違うんだなあ」と、思ったりすることもある。 という意味で、この本の1章と2章は、書いてあるのは基本的なことだし、すごくつっこんだことまでは触れていないが、基本的なことであるがゆえに「これくらいのことを知っていれば大丈夫ですよ」という、適切なテキストになっているのだ。学生が読んだら、なのはもちろん、僕みたいな偏っていて不勉強な音楽業界人が読んでも、である。 音源制作や販売や宣伝、マネージメント、ライブまわりから、ウェブやテレビ等のメディアまわりに至るまで、全網羅的に把握しているのは、それらの全部に関わっているソニー・ミュージックやスペースシャワーやエイベックスみたいな大きな会社の中で、あちこちの部署を異動してそれぞれの仕事をやってきた人ぐらいじゃないか、と思う。 そうだ。この筆者のような人だ、ということである。そのような人は、過去も現在もソニー・ミュージックみたいな会社には何人もいただろうが、その中でこうして本を書ける立場にいて、本を書ける状況にあって、本を書ける筆力のある人、というと、極めて限られると思う。 要は、書いてくれてよかった、という話です。他の著書も読みたい、この人がやってきた仕事のことをもっと知りたいので。という気持ちになっている、今。
兵庫慎司