ヴァンサン・ラコスト インタビュー 「シネアストの独自の世界の中に溶け込んでゆく」
現在のフランス映画界で実力、人気ともに圧倒的な存在感のある俳優、ヴァンサン・ラコストがふたたび横浜に帰ってきた。3月に行われた「横浜フランス映画祭 2024」でオープニングを飾った、カテル・キレヴェレ監督による映画『愛する時(Le Temps d’aimer)』(日本公開未定)は、第二次世界大戦直後の混乱のフランスを舞台に複雑な愛情関係・家族関係を描き出したドラマティックな作品。この中で、ヴァンサン・ラコストは、フランス・ノルマンディの海沿いの町で出会ったマドレーヌ(アナイス・ドゥムースティエ)と、お互いに秘密を抱えながらも親密な家族関係を築いていくフランソワという男性を演じている。来日中のヴァンサンに横浜で話を聞いた。 ──2019年に『アマンダと僕』でいらして以来の横浜フランス映画祭へのご参加ですが、いかがでしたか? 「日本は文化も、食べ物も、人たちも大好きなので、今回、横浜に戻って来られて、こうして新しい作品を披露できたことは、大きな喜びでした。オープニング上映の評判もまずまずだったようで、うれしく思っています」 ──『愛する時』は戦後の混乱した社会状況下で、複雑な恋愛感情や家族関係を描いた作品になっています。日本人の視点からすると、フランスではより早い時期から多様な愛のかたち、家族のかたちが認められ受け入れられているような印象がありますが、ご自身でそのような認識はありますか? 「いえ、それは進んでいる、遅れているという問題ではなく、日本とフランスの文化の違いということでしょう。フランスも同性愛が一般的に認められるようになったのは80年代になってからのことですし、現在は自由な関係がよりオープンに認められるムードがあるのは確かかもしれませんが、日本と文化が違っただけで、それが進んでいたとは思っていませんね」 ──ちょうどこの映画の舞台にもなっている戦後に重ねると、パリではすでにサルトルとボーヴォワールの自由恋愛を認める契約関係のようなカッブルという例もありました。 「たしかにこの映画でも、カップルの在り方というのはとても独特で重要な点になっていると思います。カップルというのはそれぞれがどのような愛情関係を築いていくかという点では、本当に彼ら自身の考え方次第、多種多様です。カップルの数だけ関係のあり方があってよいのではないかと思うんです」 ──この映画が描くのは、戦争の惨禍によって歪められた人々の関係性や愛憎かと思います。奇しくも現在の世界は不幸にも紛争や戦争の絶えない状況になっていて、とても今日的な身近さを感じてしまいます。 「ええ、本当に残念なことですが、このような戦争のある時代には、この映画の持つ重要さが増すだろうし、だからこそぜひ観てほしいとも思っています。映画内でマドレーヌは、敵国の男性と関係を持ったということで社会から拒絶され、人間として扱われません。またフランソワもその性的嗜好性によって社会からははみ出した存在として疎外されてきました。戦争やその時代背景がなければ、この二人はカップルにはなっていなかったのでしょう。そんな状況下でこそ、お互いに隠された恥の部分を認め、支え合い、越えていくという関係性を築いていったのだと思います」 ──この作品を離れての質問になりますが、これまであなたが俳優として関わってきたのは、例えばミカエル・アース、ミア・ハンセン=ラブ、クリストフ・オノレそしてカンタン・デピューのような個性的な色を持った監督が多いような気がします。 「おっしゃる通り、私は自分の色や世界のある監督と仕事をするのが好きなんです。独自の世界観を持っている“シネアスト(映画作家)”の作品の中に自分が溶け込んでいくというのが喜びなんです。みんなそれぞれ独特の撮り方をします。例えば、カンタン・デピューなんかは監督でありながら、自ら撮影も編集もして映画を仕切っています。チームもコンパクトで、撮影後にすぐにラッシュを見て足りないところがあれば、その場ですぐに撮り直すというような職人的な仕事の仕方をしていました。それからミア・ハンセン=ラブのように独特の感性を持っている監督がいて、私はそれぞれの持つ異なった感性に惹かれるているのです」 ──今のあなたは「監督」ではなく「シネアスト」と表現されていましたが、彼らは映画に対してより意識的なアプローチを持った方々という意味なのでしょうか? 「そうですね。映画の“作家”という意味ですね。もちろんそれらの映画が大衆向けのものでもかまわないのですが、ヴィジョン、世界観がしっかりあるシネアスト=映画の作家が好きですね」 ──あなたの出演した全ての映画を拝見しているわけではないのですが、それでも多くの監督は、あなたにどこか繊細さや弱さを持った男性像を求めているように感じました。 「どうでしょうか。デビュー後しばらく若い頃は、コミカルなキャラクターのオファーが多かったように思うのですが、確かにある時点から、繊細で感性が鋭いキャラクターで、ドラマの中で自分をはるかに超えた運命に直面するというような役のオファーが多く来るようになりましたね。そんな役が続いた後に、『幻滅』のような、冷徹で意地悪な悪役もありました。おそらくある映画が公開され、その役での演技の印象が強いと、それに引っ張られて、監督からも近しい演技を提案され、それが自分の演じる役に投影されていくというような経験はありますね」 Photos, Interview & Text:Shoichi Kajino Edit:Sayaka Ito