”物語+実用”で児童書の幅を広げた『わかったさん』シリーズ、挿絵画家・永井郁子が33年ぶり新作で魅せた「読書の醍醐味」
■読む側がイメージする”余白”の重要性「本来の読書の醍醐味を味わうことができる」
では、「わかったさん」はなぜ、こんなにも愛されてきたのか。 「寺村先生が一番おっしゃっていたのは『僕の童話は、道徳的なことや教育的なことを目的にしていない。ただ、おもしろければいいんだ』ということでした。とにかくエンターテインメントを大事にしていらした。その想いで作り上げた、どこの世界にどう飛んでいくかわからない、子どもたちの想像力を泳がせて遊ばせてくれる自由さが一番の魅力ではないかと思います」(永井氏) 木内氏は編集者の視点から、「わかったさん」誕生当時の状況を踏まえ、その魅力をこう分析する。 「あのころは、物語だけでなく出てくるお菓子のレシピも付いているという“物語+実用”といった児童書は他に類がありませんでした。そこに子どもたちは魅せられたのだと思います。今回、新刊のサイン会に、お母さんとなったかつてのファンが子どもさんを連れて大勢来てくれたのですが、驚いたのは、親子が同じ熱量でいらっしゃることでした。子どものつきそいではなく、お母さんも子ども時代と同じ気持ちでワクワクしてくださっている。これは新刊を出さなければ見られなかった風景だととても感銘を受けました」 さらに木内氏は、昔の児童書と今の児童書の違いを踏まえ、「わかったさん」のもうひとつの魅力も明かしてくれた。 「昨今は、スマートフォンやタブレットの普及によって、子どもたちが動画や絵本をデジタル機器で目にする機会が格段に増えています。それに伴い、最近は紙の本であっても、できるだけ展開が早いとか、パッと見て理解しやすいような、即物的で、派手で、分かりやすいものが増え、流行する傾向にあります」 一方で、「わかったさん」のようなロングセラーの本には、「読む側が自分で考えたりイメージしたりしなければいけない余白がある」のだという。 「実はこういう本を読むのは面倒くさいかもしれないし、読むためのコツも必要なのですが、子どもたちはさまざまなタイプの文章を読むことで、そのコツを楽しく得ていきます。デジタル社会の今だからこそ、文章を読みこなす力はすごく大事だと思うし、『わかったさん』では、時代に左右されない本来の読書の醍醐味を味わうことができる。その意味で読書の楽しみを知るきっかけになると、胸を張って言えるシリーズです」 『わかったさんのスイートポテト』を第1弾としてスタートした、「わかったさんのあたらしいおかしシリーズ」。来夏には2巻目を発行予定で、現在、永井氏は鋭意制作中という。今後、どんなお話とレシピで新しいファンを増やし魅了させてくれるのか、往年のファンとともに期待したい。 (取材・文/河上いつ子)